一度は消えた恋ですが――冷徹御曹司は想い続けた花嫁に何度でも愛を放つ
匡は一歩一歩確かめるように奥へ入っていく。
窓が開いていたからか、屋敷の中も風が通って涼しいくらいだ。
少し薬品臭くて、鼻がツンとした。
「だれ?」
上から気怠そうな翔の声がする。どうやら二階のようだ。
匡が螺旋階段を登って奥に進んで行くと、突き当りに広い洋間があった。
家具は以前のままなのか、ソファーやベッド、テーブルなど揃いのデザインのものが置かれている。
眠っていたのか髪の毛がしゃくしゃになっている翔が、今まさに素肌にシャツを羽織ろうとしているところだった。
「翔? なにしてるんだ?」
なぜ上半身裸なのか、嫌な気分になりながら匡が聞いた。
「久しぶりに運転したら眠くて眠くて……」
欠伸をする翔のぼんやりとした表情に胸騒ぎがする。
「紗羽は?」
名を呼ぶと、ベッドの中の人影が動いた。
ゆっくりと俯いたまま起き上がってこっちを見た。
いつになくぼんやりとした表情だ。乱れた髪とブラウス、焦点の合わない視線。
匡は目の前が真っ暗になった。
(紗羽と弟が? まさか……)
動転してしまい、言葉もなく紗羽を見つめた。
紗羽は乱れた髪を気にするでもなく、ベッドの中から動かない。
(弁解すらしないのか!)
それが無性に匡には腹立たしかった。
情事の現場を見られたのに、翔とふたりして開き直っているように見えたのだ。
「翔!」
「うわっ」
匡は思わず弟の頬を殴った。
右手の痛みに加え、怒りなのか悲しみなのかわからないどす黒いものが胸に渦巻く。
そこには、いつもの冷静な姿はなかった。愛する妻の寝乱れた姿を見て嫉妬に狂うただの男だ。
匡はそのままふたりに背を向けて別荘から離れた。
その日から屋敷に帰ることはなく、紗羽や翔との連絡をいっさい絶った。