一度は消えた恋ですが――冷徹御曹司は想い続けた花嫁に何度でも愛を放つ
ロビーで十分ほど待っていたら、エレベーターから慌てた様子の山根が走り出てきた。
珍しく髪を乱したうえに、息を切らしている。
「どうなさったんですか⁉ こんな人目のあるところに」
「人目? 山根さん、あの……」
大切な仕事中だったのだろうかと思うくらい、いつになく山根の口調が厳しい。
「社長からなにも聞いていないんですか?」
彼のクセなのか、黒縁眼鏡をせわしなく触りながら小声で紗羽に問う。
「え、ええっと?」
なんのことだかわからない紗羽は、首を傾げるしかない。
「困りましたねえ。紗羽さんはここに来ちゃいけないんです」
「……会社には来るなということですか?」
邪魔者は消えろと言われたようで、紗羽は狼狽えた。
「大変なことになっているんですよ」
「あの、なにかあったんでしょうか?」
山根は口を開きかけたが、すぐに難しい顔をして黙り込んだ。
紗羽には言えないなにかがあったのだろう。
次に話し始めたときには山根は無表情になっていた。
「いいですか。紗羽さんはしばらくお屋敷から出ないでください。今あなたにチョコチョコ動かれたら社長が困るんです」
山根の有無を言わさない態度に、紗羽は戸惑いを覚えていた。
「とにかく、これ以上社長に迷惑をかけないように!」
まるで幼い子を叱る父親のような口調だ。
紗羽はなにも言い返せなかったし、肝心なことは聞けないままだった。