一度は消えた恋ですが――冷徹御曹司は想い続けた花嫁に何度でも愛を放つ
紗羽は、あの頃より自分は成長していると思いたかった。
匡の側で笑っていることしか出来なかった十代の頃とは違っているはずだ。
トロントに来てから、髪も少し明るい色に染めた。
洋服選びもビジネスシーンに相応しいものをと考えている。
(あの頃は幼くて、匡さんに守ってもらったり助けてもらったりしていたもの)
でも今は自分の力で働いているし、自分が得た収入だけで生活している。
仕事を通じて友人も増えたし、トロントでの暮らしは楽しい。
ただこの三年近く、誰とも交際してこなかったので恋人と呼べる人は出来なかった。
同世代の男性から付き合おうと言われても、なかなかその気になれないのだ。
(匡さん……)
その名を呟けば、今も甘くて苦い気持ちが胸に込みあがってくる。
大好きだった人、初めて恋して初めて抱かれた人、そして紗羽を信じてくれなかった人……。
(今度こそ、自分の手で離婚届を渡さなくちゃ)
そう決心した紗羽は、成田行きの飛行機に訪日メンバーと共に乗った。
***
日本に着いた翌朝、紗羽はダウンロードして離婚の書類を整えた。
日曜日だったが、すぐに懐かしい屋敷を訪ねることにする。
(匡さんは、留守かもしれないけど……)
緊張してチャイムを鳴らしたら、懐かしい大好きな三船が出迎えてくれた。
かわらず森末家で匡の世話をしてくれているのが、ありがたくもあり切なくもあった。
匡は案の定、出張中だった。
明日の月曜日にはカナダの会社との会議があるというのに働き過ぎではないかと気になった。
それから彼の書斎のデスクに書類を置く。
彼は帰宅したら一番に、大切な用事がないか郵便物や書類を確かめるはずだ。
何年か暮らしたから彼の習慣は覚えている。
「三船さん。長いことお世話になりました。いつまでもお元気でいてくださいね」
三船に深く頭を下げてから、紗羽はゆっくりと庭を歩いて門に向かう。
三船はなにも言わず、追ってもこなかった。
脳裏に次々と浮かんでくる思い出が美しすぎて、紗羽の呼吸は少し乱れた。
(もう、泣かない。あの頃の自分とさよならしなくちゃ)
紗羽は振り返ることなく屋敷を出た。