一度は消えた恋ですが――冷徹御曹司は想い続けた花嫁に何度でも愛を放つ
トロントでは彼との夜を思い出さずにすんでいたのに、いざ目の前に本人がいたらそうはいかない。
生身の人の温もりが、これでもかというほど紗羽の心を揺らすのだ。
(忘れてなんていなかった……)
初めての夜からどれだけ彼に愛されてきたのか、自分の体はしっかりと覚えていた。
宵闇の中を紗羽はゆっくりと歩いた。
むき出しの両腕が冷たくなってきたが、頬のほてりを冷ますのにはこれくらいの方がいいだろう。
月夜だから、庭の照明と月明かりで危なげなく庭を彷徨うことができた。
「紗羽……」
懐かしい声が後ろから聞こえてきた。
「君はなにをしているんだ? こんなところで」
紗羽は立ち止まってから、ゆっくりと振り返った。
二、三メートル離れたところに、彼が立っていた。走ってきたのか前髪が少し乱れている。
(少し伸びたんだな)と、今は関係のない前髪の長さが妙に気にかかった。
「紗羽」
「……お久しぶりです」
彼に会ったら、まずなにを言おうか考えていたはずなのに月並みな言葉が口から勝手に飛び出した。
「ああ」
匡の言葉も短いものだ。
彼は私を追ってきたのだろうかとも思ったが、モリスエ・エレクトロニクスの社長が会場から離れて庭にいていいはずがない。
「早く会場に戻らないと……」
「君は?」
「私は、別にあそこにいなくてもいいし……」
紗羽が会場を離れたことを言い訳しようと思ったら、匡との距離があっという間に縮まっていた。