一度は消えた恋ですが――冷徹御曹司は想い続けた花嫁に何度でも愛を放つ
落ち着いた屋敷が並ぶ道を、いつも紗羽は考え事をしながら歩く。
学校の帰りに駅前で買い物してから自宅までのわずかな距離が、紗羽がひとりになれる大切なひとときだ。
異母兄の家族に囲まれた暮らしは、紗羽の感情をすり減らしていた。
せめて仲よしのゆかりと話せたらと思いもしたが、塾を辞めさせられた今は顔を合わせる時間がない。
それに親友とはいえ、家庭内の問題を話すのは気が引けた。家族と上手くいっていないとは言いだしにくかったのだ。
体力も気力も奪われてしまった紗羽には、かつての生活は夢物語のように思える。
この日も、絵美の友人が遊びにくるというので頼まれた買い物で両手が塞がっていた。
蒸し暑いし重いし、やり切れない思いで胸が苦しい。
(早く帰らなくちゃ、怒ってるかも……)
絵美の通う女学園より、紗羽の学校の方が遠いのだ。
坂道を早足で登っていたら、仲よしの近所のおばあちゃんに出会った。
紗羽がほんの赤ちゃんの頃から可愛がってくれる人だ。
「こんにちは」
お互いにニッコリ笑って会釈をする。
このところの小椋家のスキャンダルは近隣では格好の話題だろうが、ありがたいことに両親を昔からよく知る人たちは無関心を装ってくれている。
このおばあちゃんもそのひとりだ。
「紗羽ちゃん、今日もすごいお買い物ね」
優しい笑顔で話しかけてくれる。
『花火大会に着てほしいから、紗羽のために自分の若い頃の浴衣を仕立て直している』と言われた時は思わず涙が出そうになった。
「ありがとうございます!」
紗羽はそう言って微笑むのが精一杯だった。