一度は消えた恋ですが――冷徹御曹司は想い続けた花嫁に何度でも愛を放つ
暮らし始めて
翌春、桜が舞い散る頃に紗羽は大学生になった。
「紗羽さん、そろそろお出かけになりませんと」
階下から家政婦の三船が声をかけてきた。
「はーい」
今日は入学式だから紗羽もスーツ姿だ。
仕立てのよい黒いスーツを着て、髪は肩に届くくらいにふんわりと伸ばしていた。
「忘れ物なし!」
バッグを持って階段を下りていくと、ちょうど匡が廊下に立っていた。これから出勤するようだ。
匡は今朝もビシッと濃紺のスーツが決まっている。ネクタイはシルバーで少し控えめな柄を選んでいるようだ。
紗羽の姿を見て、少しだけ匡が微笑んだ。
「今日は入学式か。スーツ似合ってるよ」
さりげなく褒められて、紗羽は頬を桜色に染めた。
「あの、お祝いのバッグありがとうございました」
「ささやかな合格祝いだよ。こっちも今日が入社式なんだ。乗っていくか?」
匡を迎えに来た車に同乗するよう誘われたが、紗羽はぶんぶんと手を横に振って断った。
「とんでもない、私は電車で行きます」
同じ方向に行くとはいえ、片や大会社の社長で自分は大学生だ。
「じゃあ、気をつけて」
可笑しそうに笑いながら匡はポンポンと紗羽の頭を軽く叩いてから玄関を出ていった。
「はい。いってらっしゃい!」
紗羽も笑顔で彼を見送った。
ふたりの様子を離れた場所からニコニコと機嫌よく三船が見守っている。
これがいつもの森末家の朝だ。