一度は消えた恋ですが――冷徹御曹司は想い続けた花嫁に何度でも愛を放つ
彼は幼い頃に母を亡くしていたので、父が亡くなって弟の翔とふたりだけになった。
当時を思い出すと、我ながらよくやったと思わずにいられない。
ちょうど大学院を卒業して一年後の、社会人生活にやっと馴染んだ頃だった。
弟の翔は大学生になってもフラフラ遊び歩いていたので、突然の父の死を伝えようにも居場所がわからなくて大騒動になったくらいだ。
おまけに父の葬儀が終わってすぐに『アメリカに絵の勉強に行く』と言いだして、『会社のことは任せる』と一筆書いただけで家を出ていってしまったのだ。
経営者一族としての自覚がない弟は、未だにニューヨークで自由な生活している。
会社の後継者として早くから指名されていたとはいえ、匡の周りは父の死から凄まじく変化した。
古参の従業員たちや、虎視眈々と会社を狙う業界の大御所たち……。
匡は山根の助けを借りながら、彼らと渡り合ってきたのだ。
一瞬でも気を抜けば、大勢の社員が路頭に迷うことにもなりかねない。
まだ若い匡にとって、未だに神経が磨り減るような毎日だ。
おかげで仕事以外に楽しみもなく過ごしてきた。
周りからは仕事の鬼だとか冷酷な社長だという印象までもたれてしまっている。
(遺された小椋社長の娘はどうなるのだろう)
まだ高校生だと聞いて、同情か憐れみかわからない感情が匡の心に生まれてきた。