一度は消えた恋ですが――冷徹御曹司は想い続けた花嫁に何度でも愛を放つ


「いつか、匡さんに連れて行ってもらえたらって思うんですけど……」
「え~っ⁉ アニキに連れて行ってもらうんじゃなくて、自分の力で行かなくちゃ!」
「でも、私は匡さんの妻ですし……」

ケラケラと翔は大笑いし始めた。

「君って、ホント古風だよねえ。今どき誰かの奥さんだからなんて理由、聞いたことがないよ」
「そうでしょうか?」
「早くからアニキの側にいたからかな~。君には自分のしたいことってないの?」

翔の棘のある言葉に、紗羽はドキリとした。
いつも紗羽にとって心地よい話ばかりしていた翔が、思いがけず厳しい言葉を投げかけてきたのだ。
高校生の頃から匡の側にいて、彼だけを見てきた紗羽は自分の‶個性”なんて考えたこともなかった。

「そこまでブレインウオッシュされちゃったのかなあ。アニキも罪な男だね」

目に涙が滲むくらい、翔はお腹を抱えて笑っている。

(そんなに面白いことなのかな……私が匡さんのためだけを考えてるのって……)

好きな人を大切に思うから、彼が心休まるような家庭をつくるのが当たり前だと思ってきた。

翔から浴びせられた言葉が、紗羽の心に置き忘れた小石のように残った。
‶匡の妻”という肩書きを自分から取ってしまったら、なにが残るのだろ。
自分の存在意義や個性なんて考えたこともなかった紗羽は心細さを感じてしまった。



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