もう遠慮なんかしない
「あれ?昭人さんも残業だったのかな?ずっとすれ違いばかりでしばらく会っていないし、そういえば最近まともに会話もしてないかも…」
そこでお互いの予定を確認していなかったことに気がついた。
初めの頃はスマホに帰宅予定時間の連絡があったのに、と思いスマホを確認するけれどメッセージも着信もなかった。
「はぁ…疲れたな。昭人さんと久しぶりにお話出来ると思ってたんだけどな」
お風呂の準備をしてソファーに座る。
「先にお風呂に入っている間に帰ってくるかな…」
なんてことを考えていたら、いつの間にか睡魔に負けソファーで眠っていた。
起きた時、私はベッドの中にいた。
隣には昭人さんが眠っている。
「良かった。何時に帰ってきたのかな…。仕事忙しいんだね」
そっと彼の髪に触れるが疲れているのか、瞼は閉じたままだった。
簡単な朝食を準備して昭人さんを起こしにいくが、私の方が先に出なければいけないため、声だけ掛けて家を出た。
それからしばらくまた、すれ違いの生活が続いた。
2回目の結婚記念日を来月に控えていたため、私は今抱えている案件をなんとか仕上げたくて頑張っていた。
「ただいま…」
今日もやはり23時になってしまった。
でも、部屋の中は静まり返っていた。
「昭人さん?いないの?」
部屋にいないらしく返事はない。
私も疲れていたので、サッとシャワーを浴び、ベッドに入るとすぐに睡魔に襲われて眠りについた。
この時は自分のことで頭の中がいっぱいで、体もクタクタだったので、夫の帰りが遅いことに何の疑問も持ってはいなかった。
私が初めてチーフSEとして手掛けたシステムの納期が近づいてきて、最後の打ち合わせとなった日に、私の指導員である相澤さんが確認ということで同席してくれた。
「初めてのチーフでだいぶ肩に力が入っていたようだったけど、無事に終わりそうで良かったな。ずいぶん頑張っていたもんな」
よしよし、という感じで彼は私の頭に大きな手を置きポンポンとしてきた。
そういえば、新入社員として指導員をされていた時からよくこうやって頑張ったことを労ってくれていた。
プログラマーとして彼の設計したシステムのプログラミングをしたのが、最初の仕事でその後もよく組むことがあった。
ある時ふと疑問に思い聞いてみたことがあった。
「相澤さんの仕事によく一緒になりますよね?」
「あぁ、中西の仕事が意外と丁寧だったからな。江川にお前の手が空いてるなら貸してくれ、って頼んである」
「えっ、そ、そうなんですか!?相澤さんの仕事って、結構無茶振り多くて私的には嬉しくないんですけど…」
「お前。ずいぶんだな。後輩を鍛えてやってる優しい先輩を捕まえて」
「自分で優しいとか言っちゃいます?」
「優しいだろ。中西の夢がSEって知ってて優しく指導しているんだからな」
「厳しく…の間違いですよね」
さりげなく睨むような目で相澤さんを見ていた。
でも、今回の仕事が上手く出来たのは進捗状況を細かくチェックしてくれた相澤さんのおかげでもあるので、素直に感謝の気持ちを伝えようと口を開く。
「どうも、いつもありがとうござ……」
言いかけた時に目に入った光景に言葉が止まった。