もう遠慮なんかしない
直接対決
夫が不倫しているかもしれない現場を目撃してしまった日のうちに、洋服などを取りに一度家に帰ってからは二人の家には帰っていない。
あの日、相澤さんは私を心配してくれて、荷物を取りに帰るために車で送迎してくれた。
スーツケースを持って職場に戻ったら、兄が迎えに来てくれていて今は兄のマンションに泊まらせてもらっている。
きっと相澤さんが江川さんへ連絡してくれて、兄に伝わったのだと思う。
何から何まで世話になりっぱなしで、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
あの日から仕事はミスばかりになり、見かねた相澤さんがアシスタントとしてくれていた。
「中西、お前のスマホここに置いておけよ」
「はい…」
言われた通りにパソコンの横に置く。
きっと夫の昭人から電話が掛かって来るだろうって思ってるんだよね、と考えていた。
そして、兄のところから出勤するようになって3日目の夜にようやく夫の明人から連絡が入った。
相澤さんにスマホを取られ操作されると、スピーカーから声が聞こえてきた。
「凛花…。お前、今何処にいる?」
「………」
「出張から帰ってきたら、お前の荷物がなくなっていてどうした?お前も出張か?」
「……出張っていつからだったの?…どこに…行っていたの?」
「月曜日からだよ。山梨の方に行ってて、今日帰ってきた」
「…嘘でしょう。だって…だって、私…月曜日に明人を見たのよ」
「見たって、どこで?」
今さら白を切るつもりなのだろうか。何を言ったらいいのか分からなくなりスマホを見つめていると、横から声が聞こえた。
「田代さん。月曜日、新宿であなたが女性と二人で腕を組みながら歩いているところを私と客先から戻る途中で見かけたんですよ」
「相澤さん…ですか?」
「そうです」
「あなたは凛花のなんなんですか?僕が凛花の夫です。あなたはただの職場の上司、それだけでしょう。なのに、なんで夫婦の会話に割り込んでくるんですか」
「俺はあなたがあの女性と歩いているところを何度か見かけていたんでね。可愛い部下が泣くのを黙って見てはいられない」
そう言って相澤さんは終話の操作をしてしまった。
もう、明人さんの声は聞こえない。