もう遠慮なんかしない
「ごめん。黙っていようと思ったんだけど、泣いている中西を見たら、あいつのこと許せなくなって…つい言ってしまった」
「いいえ、いいんです。私は…あれ以上は問い詰められませんでした。相澤さんは前にも彼らを見かけていたんですか?」
「あぁ、黙っていて、すまない。あんな電話の切り方したし、きっと、そのうちにあいつここに来るぞ」
「そう…でしょうか…。もう、どうでもよくなってきました…っすん」
溢れ出た涙は簡単には止まらなくなっていた。
タオルで目元を押さえて、こぼれ落ちないようにするしかできずにいると、ふわっと抱きしめられる。
「好きなだけ泣けよ。俺がお前の泣き顔を隠してやる。だから、もう涙が枯れるまで泣けよ」
「相澤…さん、っすん。優しすぎます。優しくされたら、もっと泣けちゃいます」
「俺の胸を貸してやるよ」
ギュッと抱きしめる腕が背中を優しく撫でてくれる。
「相澤さん、こんなに弱っている時に、優しくするなんてズルい…私…夫がいるんですよ」
「知ってる。でも、俺ももう後悔したくないんでね。遠慮なんかしてられるかよ」
彼は腕の力を強めてくる。夫以外の男性に抱きしめられていることに罪悪感を抱きつつも、安心できる温かい胸に埋もれていた。
翌日の午後は相澤さんのアシスタントとして、一緒に外出していた。
夕方、会社に戻ってきたところで、昭人さんが前から歩いてきた。
「凛花…」
聞き慣れたはずの…でも、今は一番聞きたくない声で名前を呼ばれ、一瞬周りに溢れていたはずの喧騒がなくなり、動きが止まる。
「二人で外出ですか?いつも一緒にいるんですか?」
近づき声を掛けられると、隣に立つ相澤さんが返事をする。
「ええ、今は俺のアシスタントを凛花さんにしてもらっているのでね」
「あなたには関係ないと言ったはずですが。僕は凛花に話があって来てるんです。凛花と話をさせてください」
「彼女が今冷静に話ができる状況ではないことはお分かりでしょう。あなたは自分が何をしたと思ってるんだ?」
「それは、凛花に話します。何度も言いますが、あなたは部外者だ」
向かい合うことも出来ず、俯くことしか出来ない。
涙が目に溜まってくる。
そんな私の様子を見た相澤さんは夫の昭人さんから守るように立ってくれた。
「あなたは中西が今どんな気持ちでいるのか考えたことありますか?」
「あなたには関係ないでしょう」
「これでも彼女の上司ですから、仕事に支障をきたしているので、無関係ではありませんよ」
「仕事ですか…はぁ…僕には私情が入っているようにしか見えませんけどね。僕らが結婚してから凛花の働き方に不満を持っていました。あなたが原因じゃないですか?」
「昭人さん、相澤さんは関係ないの。私が自分のわがままで出来るところまでって…頑張ってただけなの」
昭人の誤解を解かなければ…と間に入る。
「凛花は僕よりこいつの方を庇うのか!」
「仕事だったんだから、誰を庇うとかの問題ではないでしょう」
昭人さんに対して私が声をあらげることなど初めてのことだった。
「そういえば…こんな風に言い合うことがなかったな…」
何かを考えているのか、昭人さんは黙ってしまった。