もう遠慮なんかしない
しばらく続いた沈黙を破ったのは相澤さんだった。
「もう遠慮なんかしませんよ。2年前はあなたたち二人を黙って見ていたけど、こんな状況なら、もう俺だって黙ってない」
「ふん。あなたは2年前も凛花のこと狙っていたんでしょう。だいたい見てたら分かりますよ」
私たち夫婦の問題であって、相澤さんには関係ないことは私だって分かっていた。
でも、相澤さんが庇ってくれているから、ようやく立っていられる状態で、昭人さんの話なんて聞きたくなかった。
俯いていると昭人さんの隣に女性が並んだ気配を感じた。
「…由香…なんでここに…」
「ごめんなさい。昭人さんが奥さまと話をするって…思ったら、私…待っていられなくて…」
驚き顔を上げるといつか見た女性が立っていた。
静かに頭を下げるその人は先日昭人さんと一緒にいた女性だった。
「すみません。私、前崎由香と申します。あの…」
女性が言いかけた言葉を相澤さんが「はぁ…」とため息をつき遮る。
相澤さんもまさかの不倫相手の登場に不機嫌さを顕にしていた。
「こんな所で立ち話で済むような話ではないでしょう。私のオフィスで話しましょう」
相澤さんはわが社のトップSEでもあるため、部屋は個室になっていた。
確かに外で話す内容でもないので、部屋をお借りすることにして、エレベーターで上がっていく。
エレベーターの中が息苦しくて堪らなかった。
相澤さんはふらつく私の体を支えてくれていた。
「どうぞ、こちらにお掛けください」
昭人さんの隣に由香さん、昭人さんの正面に私が座り相澤さんは隣に座ってくれた。
「長く話したところで、どうにもならないような感じがするので、手短に済ませましょう」
第三者である相澤さんが話を切り出す。
由香さんが昭人さんの腕に手をかけ、その手の上に昭人さんが手をのせる。
二人が交わす視線が二人の仲を現していると分かった瞬間だった。
もう、隠しもしないんだ…と…目の前の光景をぼんやりと眺める。
突如、由香さんが放った一言が私に突き刺さった。
「私…昭人さんの子を妊娠しています。この子をきちんと父親がいる家庭で育てていきたいんです。お願いします」
告げる彼女の手の上には昭人さんの手がしっかりと添えられていた。
大好きだったはずの夫なのに、まったく別人のように感じた。
その後、どんな話をされたのか二人の言葉は私の耳を通り抜けるだけで、感情が追い付くことはなかった。