俺様御曹司が溺甘パパになって、深い愛を刻まれました
音夜は鼻からゆっくりと息を吐くと、広間の出入口に向かって歩き出した。


「鈴堂さん、いらしてください。散歩でもしましょう」


少しだけ振り返り、綾香を呼ぶ。


(――――え……)


急いで音夜をみるが、振り返った音夜が見たのは綾香で、美夜とは視線が合わない。


「散歩ですか?! ええぜひ!!」


綾香は飛び上がんばかりに喜んで、先に歩き出した音夜に小走りで着いていった。

ずんと胸が重くなる。
貧血でも起こしたかのようにくらりとして、視界が真っ暗になった。


(どうして鈴堂さんを……)


遠のく音夜の背中と、その腕に自分の腕を絡める綾香を呆然と見る。

自分で返事を保留にしていたのに、いざ相手が離れようとすると縋り付きたくなった。

――――ウジウジしているから呆れてしまった?
わたしのこと、もう諦めちゃったのかな


音夜が好きなのに、その気持ちだけは間違いないのに、どうしてわたしは動き出すことが出来ないんだろう。

音夜はたくさん好きって言ってくれるのに、どうしても自信が持てないでいた。

自分には目をくれない音夜をみていたら、じわりと涙が滲んだ。

やばいと思って、水滴が零れる前にすぐに袖で拭う。強く擦りすぎて、瞼がピリッとした。


「美夜ちゃん、あの人ちょっと変だよ。気にすることないよ」


花恵が傍に来て、気づかってくれる。

握りしめた拳は真っ白になり、短く切ってある筈の爪が皮膚にめり込んだ。


綾香に言われたことを気にして、涙ぐんだのだと思われたようだが、


――――違う。違うんだ。


これほどまでにショックを受けているのは、音夜の行動に対してだ。

自分から離れていく姿を見たら、急に心がざわつき出して、穏やかでいられなくなった。

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