俺様御曹司が溺甘パパになって、深い愛を刻まれました
お願い、そんな女と行かないで。
二人にならないで。


(――――わたしを置いて行かないで)


拭った筈の涙がハラハラと落ちた。


――――音夜。


呼んだつもりだったけれど、声にはなっていなかった。
音夜の背中はどんどん遠ざかる。

捨てられた気分だった。すぐに返事をしなかった自分を後悔した。


みんなの目があるのにとか、お客さんにも聞かれてしまうかもとか色々巡ったけど、こころがそれどころじゃないって悲鳴をあげていた。

心臓が痛くて。

早く勇気をださないとって、腹の奥から感情が込み上げた。



「――――音夜!!」


音夜は広間を出ようとしていたところだった。急に大声を上げた美夜に、目を真ん丸くして振り向く。


「いかないで……! いっちゃダメ……」

「あなた、何を……」


先に反応したのは綾香だ。邪魔をした美夜を忌々しそうに睨んだ。


「わたしは音夜(おとや)と結婚の約束をしているんです! いまは事情があって入籍出来ないだけで……ず、ずっと想い合っていたんだから……!! 
夜尋(やひろ)の父親は音夜よ!! 音夜の子供を、夜尋を侮辱しないで……!!」


音夜は一瞬あっけにとられたが、次の瞬間には顔をくしゃっと綻ばせる。
絡みついていた綾香の腕を振り払うと、「美夜」と嬉しそうに零し、駆け戻った。


「あっ、音夜さん?!」


綾香が焦った声を出す。


「――――美夜!!」


出て行こうとした時の半分以下の時間で、音夜は美夜の元にたどり着く。人目を憚らず抱きしめた。


「音夜っ」


ぎゅうぎゅうと力強くだきしめられ、動揺していた気持ちがすっと落ち着いた。久しぶりの音夜の香りを吸い込むと、それだけで勇気が湧いて、無敵になれた気がした。


「美夜、ありがとう。ずっと、美夜が前向きになるの待ってた。うれしい」

「音夜……ごめん、わたし勝手に……」

「いいんだ。先に公表させてほしいとお願いしたのも俺だよ。同じ気持ちだ。俺は夜尋の父親で、息子を侮辱されて物凄く怒ってる。ああ、でもプロポーズの返事が公開告白で、まさか仕事中だとは思わなかったけど」

「っご、ごめんなさい……!」




そういえば。

――――仕事中!!


慌てて周囲を見回すと、みんなが顔を赤くしてこちらに注目していた。
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