『ペットフード』
「い、いくら?少しなら出すわよ」とタキは後ろの雨哥に言う。
雨哥は鏡をタキに渡し、「プレゼントです。もらって下さい」と笑った。
『可愛い子』

まさかこんな気持ちで人を見るなんてとタキは雨哥から目を逸らす。
鏡にビーズのネックレスを着けた自分が映っている。
こんな日が来るなんて。こんな自分…。
痛む左手で鏡を持ち、右手でそっと薔薇の飾りに触れる。
その動きに、雨哥が鏡を持ってくれた。
20年振りくらいのアクセサリー。
まだタキは笑みを許さない。
笑うなんて許されない。
許さないのは自分だけなのだろう。
それでもまだ…笑うなんて…。まだ分からない。

「い、いいの?」の言葉に「もらってくれますか?着けなくても良いです。今日の記念にもらって欲しいんです。ケガしてるのに記念はおかしいですね…と、とにかく、もらってくれますか?」と雨哥がタキの横に座る。
「ありがとう」
心では微笑んだ。表情には出さない。
この瞬間、この作品はタキの物になった。

左手の傷口がドクドクと心臓と同じ速さで痛む。
生きている。感じていいの?
こんなに速く心臓が動くなんて。
作業中でも平然としてるくせに。こんなに…。
この子でこんなに速く脈打つなんて…。
タキは今の自分に動揺をした。
他人の姿に、少しだけ心が動いた。
雨哥…可愛い子…。
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