乙女ゲームの世界に転生しましたが、攻略対象者じゃなくて初恋の彼に逢いたい
1話 『異世界転生……興味ないです』
最近ではすっかり降らなくなってしまった雪がちらつく町並みを私、二階堂優里亜は仕事で疲れた身体を叱咤して足早に進んでいた。
世の中はクリスマスイブと言うこともあり、クリスマスカラーに彩られている。
有線放送のラジオがしつこいほどクリスマスソングを流し続ける。
恋人がいる者達は定時で仕事をやめて、残務を私に押し付けて帰っていった。
地味なリクルートスーツに長い黒髪は染めることもせずに装飾もなにもない茶色の髪ゴムで一つに縛っただけ。
お洒落をしようとか、可愛く見てほしいとか、そういった感情は唯一そう願った相手が亡くなってしまってから全くと言って良いほどに関心が無くなってしまった。
人並みに大学を卒業し、それなりに名が通った企業へ就職できたものの予想以上にブラックな会社はパワハラが常態化していて、私の精神力をゴリゴリと削っていく。
「優里亜ちゃーん、わたし達ぃこれから大切な用事があってぇーすぐ帰らなくちゃ行けないのぉー、これ明日までに課長まで提出しなくちゃいけないからやってもらえない?」
「そうなのよ、これもお願いね!」
「優里亜ちゃん優しいから助かるぅ~」
就業時間もあと三十分を切ったところでデスクの上に次々と書類の束が重ねられ、ため息をついた。
「……わかりました」
理不尽だろうがここで逆らった所でなにも解決しない。
私に仕事を押し付けて彼女達が玉の輿相手を捜すために合コンやお見合いパーティーに行くのはいつものことだ。
その上タイミングを見計らったように終わらせた仕事を取り上げて、あたかも自分がやりましたと上司へ媚ながら持っていくのもいつものことだ。
ひとり二人と帰宅し誰も居なくなった職場のフロアーの戸締まりをしてすっかり暗くなった大通りを歩く。
素敵なクリスマスイブも私にとっては只のむなしいイベントの一つ。
最後にクリスマスを楽しいと感じたのはいつのことだっただろう。
「わぁっ! サンタさんだー」
交差点で信号待ちをしながらきらびやかにライトアップされた街灯を眺めていると私の脇を小さな子どもが通りすぎる。
「あぶない!」
道路に飛び出した子どもを咄嗟に捕まえるべく足を踏み出し掴まえた子どもを歩道へと無理やり放り投げる。
飛び出した子どもに気がついて急ブレーキを踏んだトラックの耳障りなほど高いブレーキ音が響き渡った。
鈍い衝撃に痛みを感じるよりも早く身体が空中に投げ出される。
ただなんとなく過ごす人生は退屈だけど、彼を追って死ぬ勇気も出ない。
何かを成せた訳ではないけれど、視線の先で泣きじゃくる小さな命を救えただけで、自分の人生は意味があったように思えるから不思議だ。
次々と甦るどうでもいい記憶の数々に混じる大切な思いの欠片。
この中に嫌がる彼、幼馴染の出雲勝也|《いずもかつや》に無理やり手伝わせた乙女ゲームの思い出もある。
「勝っちゃんー! ゲームの戦闘どうしてもクリアできないの、ヘルプミー!」
「はぁ!? 乙女ゲームなんてやりたかねぇ、自分でやれよ。俺はひと狩りしなきゃないんだっつうの」
幼い頃からまるで半身のように一緒だった同い年で幼馴染の勝っちゃんに、半ば強引に苦手な戦闘要素を手伝わせ、各攻略者の全てのエンドルートをクリアする日々。
文句を言いつつもなんだかんだ手伝ってくれる優しい勝っちゃんが親友として大好きだった。
豪華声優が出演した完全アニメーション動画スチルには乙女の夢が詰まっている。
今考えればそのゲームに出てくる勝っちゃんに似た攻略者が好きだったのだろう。
勝っちゃんのことが異性として好きなのだと言う淡い恋心はその気持ちに気がつく前にあっけなく散ってしまったけれど。
始めて一つ年上のイケメンの先輩に告白されて舞い上がった私は交際を了承し、浮き立つ心を抑えきれずに勝っちゃんに報告に行った。
きっと勝っちゃんは応援してくれるはず!
もう彼氏が出来ないなんてからかわせないんだから!
そう言われてむきになっていたこともあり、彼氏が出来た事を勝っちゃんは祝福してくれると思っていた。
勝っちゃんがよく利用する図書室に足を向け、室内でやはり本を読んでいた勝っちゃんの座っている席の前に腰掛ける。
長い睫毛と青年と少年の合間にある思春期特有の男色気を漂わせる勝っちゃんは同級生の中でかなりのイケメンで、ツンデレで優しい自慢の親友だ。
「じろじろ見るなよ、読みづらいだろ」
紙面から視線を上げた勝っちゃんと目が合う。
芯の強そうなキリリとした焦げ茶色の瞳に自分の姿が映り込む。
「へへぇ、実はね竹本先輩に告白されたんだ〜」
竹本は学校でバンドのメインボーカルをしており、イケメンだと他校にまで知れるほどに有名な先輩だった。
「あの先輩はダメだ!」
ガタリと乱暴な音を立てて勝っちゃんが椅子から立ち上がる。
「なっ、なんで!? お金持ちだし優しいしあんなにイケメンなのに!」
話を聞いた途端、今まで聞いたことがないような大きな怒声を上げる。
「あいつがお前なんかに本気で惚れるわけないだろうが!」
「ちょっ! なんかって酷くない? ちゃんと私の事が好きだって言ってくれたもん!」
「とにかくきちんと断りを入れろ、あいつと付き合っても傷付くのはお前なんだ! わかったな!」
「なんで勝っちゃんにそんなこといちいち言われなきゃならないわけ!? 自分でお付き合いする人くらい自分で決めるわ!」
「なら勝手にしろ!」
怒りをぶつけるように持っていた本を通学用のリュックサックに投げ入れて図書室を出ていってしまった後ろ姿を呆然と見送る。
なんで? どうしてこうなっちゃったの!?
勝っちゃんとそんな口論をした事がなかった私は、勝っちゃんの苦言に耳を貸さず竹本との交際をスタートさせた。
始めて勝っちゃんと喧嘩してからなんとなく顔を合わせづらくて避けるようになって……気が付けば高校受験の試験日となっていた。
今思えばどうして避けてしまったのだろうと言う後悔が二十代もあと数年となった今もなお私の心を苛むことになるとは思わなかった。
勝っちゃんが受験の帰り道で車にひかれて死んでしまってから、心にポッカリと大きな穴が空いてしまった。
「あぁ、そっか……私、竹本先輩じゃなくて勝っちゃんが好きだったんだ……」
失ってから気がついても遅いよ……
あれほどやりこんだ大好きなゲームも思い出が辛過ぎてやめた。
付き合い始めたばかりでキスすらしていなかったけれど、竹本先輩はどうやら六人もの女性と同時にお付き合いしていたらしく、なぜ勝っちゃんが竹本と関係を持つ事を止めたのか……理解した。
もしかして……勝っちゃんは先輩が何人もの女性とお付き合いしてるの、知ってたの?
答えてくれる訳でもないのにワンルームの自宅でひとりお酒を飲みながら勝っちゃんと二人で撮った写真を指で撫でる。
ブスッとした表情で中学の文化祭で腕を組む勝っちゃんの二の腕に自らの手を絡めて幸せそうに笑う自分の姿が写った写真。
この頃はずっと友人として共にいられると思っていた。
勝っちゃんの死後、竹本に別れ話を切り出すと、引き止められことすらなく呆気なく関係解消を認められ、竹本にとって私はそれだけの存在だったのだと思い知った。
竹本と別れ、勝っちゃんを失った辛さを忘れようと他の男性と付き合ってみたものの歪で心に空いた穴は塞がるどころか虚しさや喪失感が増すばかり。
それに気が付いてからは誰かと付き合うことすらやめた。
「勝《か》っちゃん……」
目を瞑れば脳裏に浮かぶ走馬灯は、それぞれが希望する高校の話をしながら私に向けられた眩しい笑顔。
これで……勝っちゃんに会いに逝ける……
曖昧なる意識に瞼を閉じた私は、まるで白昼夢から醒めたようにその瞳を開いた。
なにもない真っ白なだけの空間をゆらゆらと漂い、首をかしげる。
事故の衝撃で変な方へ曲がった筈の身体は元の身体に戻っていた。
「あれ? なんで生きてるの?」
そもそもあの事故で助かるとは思えない。
「優里亜さん、貴女は亡くなっていますよ?」
美しいボーイソプラノが聞こえてきて意識を向ければ小さな男の子が立っていた。
金色の柔らかそうな髪は天然パーマなのかくるくるとカールしており、同じく金色の大きな瞳をしている。
「貴方は誰? ここはどこかな? 貴方のお母さんはどこかな? もしかして迷子になったの?」
私の腰ほどしか身長がない男の子と視線を合わせるようにしゃがみこむ。
「ここは次元の狭間、そして私はこの次元を治めている神です」
「そっかぁ、カミー君って言うんだね、お姉さんお家に帰りたいんだよね、貴方のお母さんはどこかな?」
「優里亜さん、貴女は亡くなっていますよ。 ここは貴方の世界で言うならばあの世……もしくは三途の川と言ったところでしょうか?」
「えっと……私は死んだの?」
「はい、先ほど道路に飛び出した幼児を庇い病院で息を引き取りました」
淡々と答えられて案外すんなりと自分がおかれた状況を理解した。
「そうか、あの男の子は無事?」
「はい、貴女のお陰で彼は救われました。 彼はこの先新型ウィルス感染症の治療薬開発になくてはならない人物だったのです、しかし事故の後遺症で志し半ばで亡くなってしまう運命でしたが、貴女の勇気ある行いで彼は、そして彼が救う筈の数万の命が救われました」
「そっかぁ、よくわかんないけどあの男の子が無事なら良いや」
勝っちゃんが死んでからただ無気力に生きていたけれど、誰かの為に生きられたのならきっと喧嘩したままの勝っちゃんに会いに行っても苦笑しながら仲直りしてくれるだろう。
「私としては優里亜さん、貴女の勇気ある行いに敬意を示し、異世界に生まれ変わりませんか?」
「……うーん、正直に言わせてもらえばあんまり興味ないかな」
私の返事があまりに予想外だったのかあんぐりと口を開けて驚くカミー君が可愛い。
「どっ、どうしてですか!? 今までの方達はいかに自分が異世界で優位に過ごせるかを模索しあれこれ特殊な力を付けろと要求してきましたよ!?」
必死にいい募るカミー君のふわふわした猫っけの金色の髪を撫でる。
「うーん、異世界には私の好きだった勝っちゃんがいないから……かな」
「勝ちゃん……ですか?」
「そう、ずいぶん前に死んじゃったんだけどね」
あの世に行けば会えるかも知れないけれど、異世界に行ったら会えないだろうな。
「その勝っちゃんとやらの事を教えていただけますか?」
「うん、いいよ」
それからカミー君を膝の上にのせながら私は勝っちゃんについて知っている事を話してあげた。
彼の名前や誕生日、享年と命日等々から彼に付けられた法名も。
毎月、月命日にはお墓参りをさせていただいているためバッチリ覚えてしまった。
「ふむ、勝也さんですが異世界に転生されてますね」
「えっ!? じゃぁあの世に行っても彼に会えないの?」
「そうなりますね、しかも勝也さんだった頃の記憶はリセットされている通常転生ですからもし再会することができたとしても彼とは別人になられていると思います」
なんでも勝っちゃんの魂は相当な回数輪廻転生を繰り返したベテランさんで潜在能力が高いため、世界を動かすために重要なポジションで異世界に転生させられたらしい。
「そんなぁ、魂は同じでも人格がちがうならそれはもう勝っちゃんじゃないよ」
死んだら会えるかもと思っていただけにショックが大きい。
「どうしますか、彼と同じ世界へ転生することも出来ますが……」
「さらに興味が無くなりました」
「ですよね……そうだ! 実は今回のお礼に転生していただく際に特別な能力を贈らせて頂こうと思っていたのですが、チート無双とか興味あります?」
「ない」
「だと思いました、ではこれはどうでしょう、チートの代わりに勝也さんだった頃の人格と記憶を前世を思い出すと言う形で彼の転生先に追加復旧しましょう!」
「本当!?」
いきなり食いついた私にカミー君が引いているけれどそんなことは関係ない。
「本当ですが、優里亜さんの世界の記憶保持者を複数人転生させるのは下手をすればあちらの世界のバランスを大きく崩しかねませんから制限を掛けさせていただきます!」
「制限?」
勝っちゃんに会えるのは嬉しい。
けれど制限の内容によってはかなり厳しい。
「はいお聞きになりますか?」
「えぇ、聞かせてちょうだい」
少し迷ったものの私は首を縦に振った。
最近ではすっかり降らなくなってしまった雪がちらつく町並みを私、二階堂優里亜は仕事で疲れた身体を叱咤して足早に進んでいた。
世の中はクリスマスイブと言うこともあり、クリスマスカラーに彩られている。
有線放送のラジオがしつこいほどクリスマスソングを流し続ける。
恋人がいる者達は定時で仕事をやめて、残務を私に押し付けて帰っていった。
地味なリクルートスーツに長い黒髪は染めることもせずに装飾もなにもない茶色の髪ゴムで一つに縛っただけ。
お洒落をしようとか、可愛く見てほしいとか、そういった感情は唯一そう願った相手が亡くなってしまってから全くと言って良いほどに関心が無くなってしまった。
人並みに大学を卒業し、それなりに名が通った企業へ就職できたものの予想以上にブラックな会社はパワハラが常態化していて、私の精神力をゴリゴリと削っていく。
「優里亜ちゃーん、わたし達ぃこれから大切な用事があってぇーすぐ帰らなくちゃ行けないのぉー、これ明日までに課長まで提出しなくちゃいけないからやってもらえない?」
「そうなのよ、これもお願いね!」
「優里亜ちゃん優しいから助かるぅ~」
就業時間もあと三十分を切ったところでデスクの上に次々と書類の束が重ねられ、ため息をついた。
「……わかりました」
理不尽だろうがここで逆らった所でなにも解決しない。
私に仕事を押し付けて彼女達が玉の輿相手を捜すために合コンやお見合いパーティーに行くのはいつものことだ。
その上タイミングを見計らったように終わらせた仕事を取り上げて、あたかも自分がやりましたと上司へ媚ながら持っていくのもいつものことだ。
ひとり二人と帰宅し誰も居なくなった職場のフロアーの戸締まりをしてすっかり暗くなった大通りを歩く。
素敵なクリスマスイブも私にとっては只のむなしいイベントの一つ。
最後にクリスマスを楽しいと感じたのはいつのことだっただろう。
「わぁっ! サンタさんだー」
交差点で信号待ちをしながらきらびやかにライトアップされた街灯を眺めていると私の脇を小さな子どもが通りすぎる。
「あぶない!」
道路に飛び出した子どもを咄嗟に捕まえるべく足を踏み出し掴まえた子どもを歩道へと無理やり放り投げる。
飛び出した子どもに気がついて急ブレーキを踏んだトラックの耳障りなほど高いブレーキ音が響き渡った。
鈍い衝撃に痛みを感じるよりも早く身体が空中に投げ出される。
ただなんとなく過ごす人生は退屈だけど、彼を追って死ぬ勇気も出ない。
何かを成せた訳ではないけれど、視線の先で泣きじゃくる小さな命を救えただけで、自分の人生は意味があったように思えるから不思議だ。
次々と甦るどうでもいい記憶の数々に混じる大切な思いの欠片。
この中に嫌がる彼、幼馴染の出雲勝也|《いずもかつや》に無理やり手伝わせた乙女ゲームの思い出もある。
「勝っちゃんー! ゲームの戦闘どうしてもクリアできないの、ヘルプミー!」
「はぁ!? 乙女ゲームなんてやりたかねぇ、自分でやれよ。俺はひと狩りしなきゃないんだっつうの」
幼い頃からまるで半身のように一緒だった同い年で幼馴染の勝っちゃんに、半ば強引に苦手な戦闘要素を手伝わせ、各攻略者の全てのエンドルートをクリアする日々。
文句を言いつつもなんだかんだ手伝ってくれる優しい勝っちゃんが親友として大好きだった。
豪華声優が出演した完全アニメーション動画スチルには乙女の夢が詰まっている。
今考えればそのゲームに出てくる勝っちゃんに似た攻略者が好きだったのだろう。
勝っちゃんのことが異性として好きなのだと言う淡い恋心はその気持ちに気がつく前にあっけなく散ってしまったけれど。
始めて一つ年上のイケメンの先輩に告白されて舞い上がった私は交際を了承し、浮き立つ心を抑えきれずに勝っちゃんに報告に行った。
きっと勝っちゃんは応援してくれるはず!
もう彼氏が出来ないなんてからかわせないんだから!
そう言われてむきになっていたこともあり、彼氏が出来た事を勝っちゃんは祝福してくれると思っていた。
勝っちゃんがよく利用する図書室に足を向け、室内でやはり本を読んでいた勝っちゃんの座っている席の前に腰掛ける。
長い睫毛と青年と少年の合間にある思春期特有の男色気を漂わせる勝っちゃんは同級生の中でかなりのイケメンで、ツンデレで優しい自慢の親友だ。
「じろじろ見るなよ、読みづらいだろ」
紙面から視線を上げた勝っちゃんと目が合う。
芯の強そうなキリリとした焦げ茶色の瞳に自分の姿が映り込む。
「へへぇ、実はね竹本先輩に告白されたんだ〜」
竹本は学校でバンドのメインボーカルをしており、イケメンだと他校にまで知れるほどに有名な先輩だった。
「あの先輩はダメだ!」
ガタリと乱暴な音を立てて勝っちゃんが椅子から立ち上がる。
「なっ、なんで!? お金持ちだし優しいしあんなにイケメンなのに!」
話を聞いた途端、今まで聞いたことがないような大きな怒声を上げる。
「あいつがお前なんかに本気で惚れるわけないだろうが!」
「ちょっ! なんかって酷くない? ちゃんと私の事が好きだって言ってくれたもん!」
「とにかくきちんと断りを入れろ、あいつと付き合っても傷付くのはお前なんだ! わかったな!」
「なんで勝っちゃんにそんなこといちいち言われなきゃならないわけ!? 自分でお付き合いする人くらい自分で決めるわ!」
「なら勝手にしろ!」
怒りをぶつけるように持っていた本を通学用のリュックサックに投げ入れて図書室を出ていってしまった後ろ姿を呆然と見送る。
なんで? どうしてこうなっちゃったの!?
勝っちゃんとそんな口論をした事がなかった私は、勝っちゃんの苦言に耳を貸さず竹本との交際をスタートさせた。
始めて勝っちゃんと喧嘩してからなんとなく顔を合わせづらくて避けるようになって……気が付けば高校受験の試験日となっていた。
今思えばどうして避けてしまったのだろうと言う後悔が二十代もあと数年となった今もなお私の心を苛むことになるとは思わなかった。
勝っちゃんが受験の帰り道で車にひかれて死んでしまってから、心にポッカリと大きな穴が空いてしまった。
「あぁ、そっか……私、竹本先輩じゃなくて勝っちゃんが好きだったんだ……」
失ってから気がついても遅いよ……
あれほどやりこんだ大好きなゲームも思い出が辛過ぎてやめた。
付き合い始めたばかりでキスすらしていなかったけれど、竹本先輩はどうやら六人もの女性と同時にお付き合いしていたらしく、なぜ勝っちゃんが竹本と関係を持つ事を止めたのか……理解した。
もしかして……勝っちゃんは先輩が何人もの女性とお付き合いしてるの、知ってたの?
答えてくれる訳でもないのにワンルームの自宅でひとりお酒を飲みながら勝っちゃんと二人で撮った写真を指で撫でる。
ブスッとした表情で中学の文化祭で腕を組む勝っちゃんの二の腕に自らの手を絡めて幸せそうに笑う自分の姿が写った写真。
この頃はずっと友人として共にいられると思っていた。
勝っちゃんの死後、竹本に別れ話を切り出すと、引き止められことすらなく呆気なく関係解消を認められ、竹本にとって私はそれだけの存在だったのだと思い知った。
竹本と別れ、勝っちゃんを失った辛さを忘れようと他の男性と付き合ってみたものの歪で心に空いた穴は塞がるどころか虚しさや喪失感が増すばかり。
それに気が付いてからは誰かと付き合うことすらやめた。
「勝《か》っちゃん……」
目を瞑れば脳裏に浮かぶ走馬灯は、それぞれが希望する高校の話をしながら私に向けられた眩しい笑顔。
これで……勝っちゃんに会いに逝ける……
曖昧なる意識に瞼を閉じた私は、まるで白昼夢から醒めたようにその瞳を開いた。
なにもない真っ白なだけの空間をゆらゆらと漂い、首をかしげる。
事故の衝撃で変な方へ曲がった筈の身体は元の身体に戻っていた。
「あれ? なんで生きてるの?」
そもそもあの事故で助かるとは思えない。
「優里亜さん、貴女は亡くなっていますよ?」
美しいボーイソプラノが聞こえてきて意識を向ければ小さな男の子が立っていた。
金色の柔らかそうな髪は天然パーマなのかくるくるとカールしており、同じく金色の大きな瞳をしている。
「貴方は誰? ここはどこかな? 貴方のお母さんはどこかな? もしかして迷子になったの?」
私の腰ほどしか身長がない男の子と視線を合わせるようにしゃがみこむ。
「ここは次元の狭間、そして私はこの次元を治めている神です」
「そっかぁ、カミー君って言うんだね、お姉さんお家に帰りたいんだよね、貴方のお母さんはどこかな?」
「優里亜さん、貴女は亡くなっていますよ。 ここは貴方の世界で言うならばあの世……もしくは三途の川と言ったところでしょうか?」
「えっと……私は死んだの?」
「はい、先ほど道路に飛び出した幼児を庇い病院で息を引き取りました」
淡々と答えられて案外すんなりと自分がおかれた状況を理解した。
「そうか、あの男の子は無事?」
「はい、貴女のお陰で彼は救われました。 彼はこの先新型ウィルス感染症の治療薬開発になくてはならない人物だったのです、しかし事故の後遺症で志し半ばで亡くなってしまう運命でしたが、貴女の勇気ある行いで彼は、そして彼が救う筈の数万の命が救われました」
「そっかぁ、よくわかんないけどあの男の子が無事なら良いや」
勝っちゃんが死んでからただ無気力に生きていたけれど、誰かの為に生きられたのならきっと喧嘩したままの勝っちゃんに会いに行っても苦笑しながら仲直りしてくれるだろう。
「私としては優里亜さん、貴女の勇気ある行いに敬意を示し、異世界に生まれ変わりませんか?」
「……うーん、正直に言わせてもらえばあんまり興味ないかな」
私の返事があまりに予想外だったのかあんぐりと口を開けて驚くカミー君が可愛い。
「どっ、どうしてですか!? 今までの方達はいかに自分が異世界で優位に過ごせるかを模索しあれこれ特殊な力を付けろと要求してきましたよ!?」
必死にいい募るカミー君のふわふわした猫っけの金色の髪を撫でる。
「うーん、異世界には私の好きだった勝っちゃんがいないから……かな」
「勝ちゃん……ですか?」
「そう、ずいぶん前に死んじゃったんだけどね」
あの世に行けば会えるかも知れないけれど、異世界に行ったら会えないだろうな。
「その勝っちゃんとやらの事を教えていただけますか?」
「うん、いいよ」
それからカミー君を膝の上にのせながら私は勝っちゃんについて知っている事を話してあげた。
彼の名前や誕生日、享年と命日等々から彼に付けられた法名も。
毎月、月命日にはお墓参りをさせていただいているためバッチリ覚えてしまった。
「ふむ、勝也さんですが異世界に転生されてますね」
「えっ!? じゃぁあの世に行っても彼に会えないの?」
「そうなりますね、しかも勝也さんだった頃の記憶はリセットされている通常転生ですからもし再会することができたとしても彼とは別人になられていると思います」
なんでも勝っちゃんの魂は相当な回数輪廻転生を繰り返したベテランさんで潜在能力が高いため、世界を動かすために重要なポジションで異世界に転生させられたらしい。
「そんなぁ、魂は同じでも人格がちがうならそれはもう勝っちゃんじゃないよ」
死んだら会えるかもと思っていただけにショックが大きい。
「どうしますか、彼と同じ世界へ転生することも出来ますが……」
「さらに興味が無くなりました」
「ですよね……そうだ! 実は今回のお礼に転生していただく際に特別な能力を贈らせて頂こうと思っていたのですが、チート無双とか興味あります?」
「ない」
「だと思いました、ではこれはどうでしょう、チートの代わりに勝也さんだった頃の人格と記憶を前世を思い出すと言う形で彼の転生先に追加復旧しましょう!」
「本当!?」
いきなり食いついた私にカミー君が引いているけれどそんなことは関係ない。
「本当ですが、優里亜さんの世界の記憶保持者を複数人転生させるのは下手をすればあちらの世界のバランスを大きく崩しかねませんから制限を掛けさせていただきます!」
「制限?」
勝っちゃんに会えるのは嬉しい。
けれど制限の内容によってはかなり厳しい。
「はいお聞きになりますか?」
「えぇ、聞かせてちょうだい」
少し迷ったものの私は首を縦に振った。