乙女ゲームの世界に転生しましたが、攻略対象者じゃなくて初恋の彼に逢いたい
5話『ラフィール学園』
 ゼイル・アゼリア子爵と話をしてから三日後、私は大きな荷物を半ば引きずりながら街とラフィール学園の広大な敷地を隔てる正門を徒歩でくぐり抜けた。

 本来ラフィール学園は全寮制の貴族の令息、令嬢の学舎だ。

 上は王族から下は男爵の子供までがこの、ラフィール学園で学問や武芸に励んでいる。

 ちなみに家にではなく個人へ授与される騎士爵や準男爵位のように次代への継承が認められていない貴族はこの学園には在籍していない。

 王公貴族の実子が多数在籍していることもあり学園の敷地は高い塀と柵に守られており今通りすぎた正門以外からの出入りは出来ない作りになっている。

 学園敷地内では身分に限らず平等と校則では歌われているものの小さな社交界と称されている。

 たとえ王族であろうとも学生以外の側仕えの学園内への追従は基本的に認められない。

 下位貴族の子供は将来仕えたい主を見つけ、王族や高位貴族の子供たちは有能な人材を見つけ引き抜く。

 そんな子供たちのやり取りは各保護者へ通達されるため、身分を問わずとは言っても実際には切り離せる物ではなかった。

 正門から学園の建物や二つある学生寮まではかなり距離があるらしくすでに前世の体感で二十分くらいは歩いているはずなのに一向にそれらしい建物は見えてこない。

 元々私の持ち物は少ないけれど事前に寮へ運び込んだ義姉のお下がりの流行遅れのドレスなどの着替えを覗く数少ない実母の形見の宝飾品は子爵家には置いては置けず、バッグへ全て入れてきた。

 私の進学をこれ幸いと自室として与えられていた使用人部屋は片付けられもう子爵家に私の居場所はない。

 子爵の話では入学時に移動用の馬車を手配してくれるはずだったが、当日になってみれば馬車は義母によってキャンセルされており、仕方なく平民が利用する辻馬車を乗り継いで正門前までやって来たのだ。

「もー! いつになったら着くのよ! 」  

 一向に見えない建物に痺れを切らしてその場にしゃがみこむ。

「※※※※※(勝っちゃん)に会うため、※※※※※(勝っちゃん)に会うため」

 もはや自分で言ってても病んでるようで気持ち悪いなぁと思いながらもそれだけを心の支えにしてきたんだから仕方がないよねと苦笑する。

 少し休んでから、また歩こうと決意してしゃがみ込んだままで居たところ、がらがらと音をたてて一台の馬車が私の隣で停まった。

「君、大丈夫ですか? どこか具合でも?」

 降りてきたらしい馬車の主が声をかけてきたため振り仰ぐ。

 真っ青な雲ひとつ無い空を背景に短く整えられた艷やかな赤い髪がサラリと解れる。
  
 吸い込まれそうなアイスブルーの瞳は優しげでスッと鼻筋は透き通り黄金比で各パーツが配置された立体美形のスチルがそこにあった。

 スチル……スチルってなんだっけ? それになんかこの人見覚えがあるんだけど……

 ぐるぐると思考を巡らせていると、イケメンが声量を上げた。

「君! 具合が悪いんじゃ、とりあえず馬車へ、失礼」

「きゃっ!」

 そう言って降りてきたらしい行者に私のバッグを渡すと、有無を言わず背中とお尻の下へ手を回して掬い上げるように抱き上げられた。

「えっ、あの私重いので……放して下さい」

「重くない、むしろ軽すぎる、暴れると落としてしまいますよ」 
 
 なんでもないと言う言葉に嘘はないようで荷物よろしく馬車へと連れ込まれた。

 行者の方から自分の荷物を手渡されあわてて受けとる。

「ありがとうございました」

「いいえ、レオンハルト様それでは出発いたしますがよろしいでしょうか?」

 行者の方にお礼を告げると、少し驚かれたがにっこりと私へ微笑み返したあと私の目の前の席についた赤髪イケメンへ声をかけた。

「あぁ、構わない出してくれ」 

 どうやら目の前のイケメンさんはレオンハルト様と言うらしい。

 仕立ての良い衣装からみて高位貴族の令息だろうか。

「あっ、あの……馬車に乗せていただきありがとうございました」

「本当に体調は悪くないのだな? 気にするな、たまたま通りかかっただけだからな。 しかしそのような大荷物を持ってどこへ行くつもりだったのだ?」 

 ゆっくりと進み始めた馬車は整備された道を進むお陰か、学園まで乗ってきた辻馬車とは偉い違いだった。

「実は今年からラフィール学園で学ばせていただくことになりまして、入寮のため学生寮へ向かう途中でした」

「なら新入生だな、馬車はどうした?」

「お恥ずかしい話ですが手違いで用意できず、徒歩で向かっておりました」

 もじもじとしながら蚊の鳴くような小声で告げる。

「ずいぶんと無理をする、君を拾って正解だったな。 正門から学舎や寮まではかなり距離がある、大きな荷物を持って女性の足で徒歩移動などすれば日が出ているうちに着けたかどうか」

 どうやらそれなりに距離が離れているらしい、もしかしたら既にラフィール学園を卒業している義姉は知っていてわざと馬車をキャンセルしたのかもしれない。

 それからレオンハルト様とは移動中に色々な話をした。

 レオンハルト様も今年からラフィール学園へ入学されるらしく、物腰柔らかなその人当たりに警戒心が緩む。

「さて、ユリアーゼ嬢が生活することになる女子寮に着いたぞ、お互いに良きライバルとして切磋琢磨出来ればいいね」

 紳士的な態度で先に馬車から降りるとレオンハルト様が手を差し伸べてくれていた為、ありがたくその手を借りて馬車から降りる。

「はいっ、レオンハルト様ありがとうございました! 行者さんもありがとうございました!」

 お礼を告げて着ているワンピースのスカートを僅かに摘まみながら略式のカテーシーをとる。

「学園で会えるのを楽しみにしているね」

「私も楽しみにお待ちしております」

 お互いに再会を願う挨拶を交わしてレオンハルト様は馬車に乗って去っていった。

 方角からして男子寮へ向かったのだろう。

 馬車が見えなくなるまで見送り、今日から家となる女子寮を振り仰ぐ。

「ここが今日から三年間生活する我が家かぁ」

 貴族の子息令嬢が通う場所なだけあり外装は歴史を感じさせる華美すぎない品のある煉瓦造りの趣ある建物は非現実的でこれからやってくる新生活に心が弾む。
 
「※※※※※(勝っちゃん)、絶対に見つけてやるんだから!」

 神様との制約のせいか彼の名前を呼ぼうとしても呼べなくなってしまったけれどそんなのどおってことはない。

 私は今勝っちゃんと同じ世界にいる、それだけが全て。

 

 
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