アラサーOLは婚約者より身近にいる優しい彼が好き


 私は彼の体をすり抜けて、強く抱きしめることができなかった。


「ですよね……」


 婚約者が目の前にいるから、気落ちなんかしてられない。

 幽体離脱してるけど、彼の近くにいるだけで幸せ。

 天にも昇る嬉しさで、再び抱きついてみるけど彼の体をすり抜けてしまう。


「やっぱり無理みたいね……」


 気持ちを切り替え、彼を椅子がある所へ誘導しようと試みる。

 手招きしても、私は透明人間のような存在なのでリアクションはない。

 扉から病室に一歩だけ足を踏み入れた場所に立ったままの彼は、その場から動こうとしなかった。


 背中を押そうとしても、体をすり抜けてダメ。

 大きな声を出し、耳元で話しかけても聞こえてない様子。


「せっかく来てくれたのに、困ったわね……」


 ベッドで横になり、目を閉じて眠る私の顔を無言で見つめる彼。



 あれ? どうして病室の扉を開けたままなのかしら……




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