最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
右肩でスマホを挟み、左手で傘と名刺入れを持ちながら鞄を開けて手帳を取り出そうとした。
それがいけなかった―――
傘だけでも左手は塞がり、右手だけでは手帳が上手く開けない。それに加えて肩で挟むスマホに気を取られてしまい、左手に持つ手が緩んで名刺入れが指からすり抜けていく。
「えっ、ちょっ!」
拾おうにも両手が塞がっていて腕を伸ばす事も出来ず、瞬く間に名刺入れは橋下へと落下していく。その先は流れが速い河川で、もう姿が見えない・・・
「あ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁ!!」
電話が繋がっている事も忘れ、雨音にも負けない叫びで発狂してしまった。
『ビッ……クリしたな……。なんだ? どうしたんだよっ!』
もちろん何も知らない桐葉さんも驚き、クールダウンしたように一瞬声が止まった。
「私の……名刺入れが……」
『は?』
「私の名刺入れがぁぁぁ!!」
『はあ!?』
電話の向こうで桐葉さんが何かを言っているけれど、全く耳に入ってこない。
頭が真っ白になるってこういう事なんだと痛感しながら、激しい濁流を呆然と見下ろして動けずにいた。
思い出を消すために買い替えようと考えていたのに、こんな形で物理的に消えてしまうなんて……
早く忘れろって、そういう事?
***
「それであのうるせぇ声か」
トラブルも解決し会社に戻ると、桐葉さんに名刺を落とした報告をする羽目に。