ハートの確率♡その恋は突然やってきた
 こうしてケンジさんからお金を戴き、ほくほくしながら財布を入れる私の背中に、「あのぅ」という声がかけられた。髪留めを外しながら振り返ると口元を隠すように手を当て、ちょっと困り顔した彼と目が合う。

「なぁに?」

「これからおこなうことについて、設定を提案したいなと思いまして……」

 私としてはお客さんを恋人として、いつも相手をしている。だけどただの恋人同士の設定では行為が燃えないからという理由で、私を『妹』に見立てて、お客さんの呼び名を『お兄ちゃん』にしたり、はたまた持ってきたセーラー服に着替えてくれと頼んできたお客さんも実際いた。

「設定って、イメクラみたいな感じかな?」

 私のこれまでの経験を踏まえて、ケンジさんが提案してきた言葉も同じようなものだろうと考えて、小首を傾げながら訊ねてみた。話しやすいように、笑顔は絶対に忘れない。

「イメクラ……。確かにそうですね。その方が余計なことを考えずに、集中できそうなので」

「いいよ。どんな感じの設定?」

「えっと、幼馴染設定なんです。家が隣同士だからずっと一緒にいるのが当たり前だったのに、ある日彼女の家の前に見知らぬ男が立っていて、誰だろうと思っていたら彼女が帰ってきた途端に、男に微笑みかけたのを見て……」

 事細かに語っていくケンジさんを見つめながら、自分の役どころを考える。彼が望むような幼馴染を何とかして、うまく演じなければならない。

 考え込む私を他所に、最初は饒舌な様子で語っていたケンジさんの声がどんどん小さくなり、やがて妙な沈黙が部屋を包み込んだ。

(某アニメに似た設定だと思ったけれど、もしかしてこの設定は、ケンジさんのリアルなのかもしれない。高くて分厚い壁も、お隣との塀のことだったのかな。それとも、彼女との距離感だったりして?)

「ケンジさんのお話に出てくる幼馴染は、ケンジさんのことを何て呼んでいたのかな?」

 むっつり黙ってしまった彼の口を開かせるべく、当たり障りのない質問をしてみた。

「ケンジお兄ちゃんって呼ばれてました」

「ケンジお兄ちゃん?」

 言いながら彼の右手を両手で握りしめて、ベッドに腰かけるように促した。

「そそっ、そんな感じです……」

「私のことは何て呼んでいたの?」

 ケンジさんの顔を覗き込むように上目遣いで訊ねた私を、リンゴみたいに頬を真っ赤に染めながら上擦った声で答えた。

「綾香ちゃんって呼んでました」

「綾香って呼び捨てでもいいよ? 呼んでみたくない?」

「呼びたいけど、今は綾香ちゃんでお願いしますっ」

「うふふ、ケンジさんの緊張が私にも移っちゃったみたい。ほら」

 両手で握りしめていたケンジさんの右手を、バスタオルで隠している胸に押し当ててあげた。

「ううっ! ドキドキしてるね!!」

 真っ赤な顔をキープしたままキョどりまくる彼の言動に、あることが閃いてしまった。これは一度確認してから、行為に及んだほうがいいと判断し、意を決して質問を投げかけてみる。
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