視えるだけじゃイヤなんです!
 すべて夢の中だったらよかったのに。でもこれは現実で、実際にあの女の子は死んじゃってたんだ。

 怖かっただろうな。つらかっただろうな。
 肩をぽん、とたたかれて、あたしははっと上を見上げる。透くんだ。手袋をはめた手で、もう一度。今度はやさしく頭をなでられた。

「よくがんばりました。本当にありがとうね」
 あたしはなんだかまた涙が出そうで、ぐいっと手の甲でまぶたをぬぐう。
 そのときだった。

「あっ! その子が例の狐の子?」

 やたら陽気な、聞きなれない声にあたしはびくっと顔を上げる。
 ……ずいぶんとハデな男の人だ。金髪に、サングラス。アロハシャツを着てハーフパンツという陽気ないで立ち。純和風の倉橋家で、その姿だけがものすごく浮いている。

 あたしよりも、もっとずっと年上に見える。あたしのお兄ちゃんと同じくらいに見えるから、大学生かそれ以上、かな……?

「今日大変だったって話じゃない? 中でお茶とか飲んでってよ! ね!」

 そのままルンルンと奥へ消えていく男の人を、あたしはぽかんと眺めてしまう。
 すごい……明るい……。なんだか落ち込んでた気持ちがどっかに行っちゃうくらい、底抜けな明るさだった。
 透くんは、そんなあたしの顔を見てクスッと笑う。

「ま、上がって。ちゃんとお礼も言いたいし、昭もすぐ戻ってくるから」
「じゃあ……お言葉に甘えて……」
 あたしは靴を脱ぎ、たたきに足を乗せた。




「さ、じゃんじゃん食べてね!」
 和風の客間に通されたあたしは、目の前にならんだケーキの数々を呆然とながめる。
 すごい、何個あるの……?
 ホールのショートケーキはもちろんのこと、チョコレートケーキ、フルーツたっぷりのカスタードタルト。二層のムースケーキ。え、すごっ、チーズケーキだけで三種類もある!
「アナタ、お名前は?」
「あ……ここみ、です。紺野ここみ」
「そう。アタシは覚っていうの。透と昭のお兄ちゃんなのよ。よろしくお願いね!」

 陽気な男の人は、サングラスごしにあたしを見てニコッと笑う。

「ささ、どれがお好み!? 切り分けたげる!」
 圧倒的な明るさに、あたしはちょっとくらくらしてきた。テンションが高い。でも、不思議とイヤな感じじゃない。
 透くんと、昭くんのお兄ちゃんか。全然似てなくて、思わずくすっと笑いが出てしまう。

 あたしはカスタードタルトを選んで、切り分けてもらった。グレープフルーツやキウイ、マスカットがどっさり乗ってる。すごい量……。夕飯前だけど、甘いものは別腹だしいいよね。

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