視えるだけじゃイヤなんです!
倉橋家を出たあたしと透くんは、とりあえず学校の近くにあるカフェに入った。このカフェからは、学校の校門がよく見えるんだ。
咲綾は今授業中だし、学校の中であればそこまで危険じゃない。学校が終わったタイミングで咲綾をつかまえるつもりだった。
お母さんにはやっぱり学校に行く、という連絡をした。ちょっと胸が痛かったけど、咲綾を守るためだもん。なりふり構っていられない。
事情が事情なので、一度家に帰るわけにもいかなかったあたしは、だぼっとしたパーカーを着て制服を隠す。こうすれば、スカートの先しか見えないし、あたしが制服だってこともすぐにはバレない、と思う。
パーカーは透くんが貸してくれたものだ。男の子に服を借りるなんて、悪いことしてるみたいでちょっとドキドキする。
透くんは手袋をはめた手でアイスコーヒーを持ち、ごくっとのどをうるおした。あたしはアイスティー。ここのカフェ、パンケーキがすごくおいしんだけど、さすがにこの状況でそれを頼む気にはなれなかった。
「今日は、午前授業なんだっけ?」
「うん。だからお昼前には学校終わると思う」
「そっか、じゃあ早めにお昼食べといた方がいいね。ここみちゃんも好きなの選んで。おごるから」
そういって、メニュー表をながめる透くんを見て、あたしはちょっとだけ胸がソワソワした。
透くんは線が細い。体が弱いって昭くんも言ってたし、そのせいなのかもしれないけど。家からあまり出ないって話だからかな。色も白い。髪の色も白いから、日本人離れして見える。
あたし、たぶん、透くんのこと気になってる。声に魅了する力があるって昭くんは言ってたけど、声だけじゃない。
この人のフンイキとか、話し方。やわらかい笑顔。まだ会ったばっかりなのに、どうしてもドキドキしてしまう。
でも……。あたしは心の中で自分自身に首をふった。
咲綾の危機なのに。あたし、ほんのちょっとだけ浮かれてる。透くんは咲綾を助けようとして、今いっしょにいてくれてるのに。
自己嫌悪で胸がいっぱいだ。
「ね、ここみちゃん」
呼びかけられて、あたしは顔を挙げる。透くんは、ふふっとやわらかく笑った。
「なんだかデートみたいだね」
「と、透くん!?」
思わぬ言葉に、あたしはアイスティーを吹き出しそうになる。
「ここみちゃん、眉の間にしわがよってる。こういうのはね、楽しんだ方がいいよ」
「こういうの?」
「そう」
そう言うと、透くんはほおづえをついた。
「つらい、しんどい、苦しい、悲しい。そういうマイナスなことを考えていると、その通りのことが起きやすいものなんだ。だから、気楽にね」
「気楽に……」
「そう。だから、僕とのデートを楽しんで」
にっこりスマイル。ちょっと甘い声。もうほんとにやめてほしい。あたしはドキドキする心をなだめようと、こっそり深呼吸をした。そっか、昭くんの言っていた、『天然のタラシ』ってこういうことなんだね。