視えるだけじゃイヤなんです!

 それから毎日、あたしは倉橋家に通った。

 最初は一時間、光を思い出すのもしんどかった。どうやっても別のことを考えてしまったり、寝ちゃったりして集中できなかったんだ。

 昭くんはもうあきらめたのか、あたしを見ても何も言わなかった。やれやれ、といった感じで肩をすくめ、どこかに行ってしまう。

 覚さんははげましてくれたり、叱ったりしてくれた。ときどきスイーツの差し入れもしてくれて、それがモチベーションにもなった。

 そして、あたしが倉橋家に通うようになって、二週間がたとうとした日。あたしは気合いじゅうぶんだった。

 今日こそぜったいに成功させる!

 お堂にこもり、意識を集中させる。チラっと見えた赤い光は、いなくなったり、また現れたりしてつかむのがむずかしい。
 ちょこまか動く光を、あたしは必死で追いかける。

「視えた……!」

 あたしの頭の中で、赤い光が跳ねている。光はもうどこにもいかないよ、とでもいうように、うねうねと頭の中を泳ぎ回った。
 やった! 成功!

 で……次はどうするんだっけ?
「あっ……そっか、名前」
 どうしよう。どんな名前にしよう。

 あたしは赤い光の様子を観察した。ぴょこぴょこと跳ねたり、くねくねうねったり、赤い光は頭の中で自由に泳ぎ回っている。
 その姿を見て、あたしはピンとひらめいた。

「……うなぎ」

 うん、うなぎ。
 にゅるにゅる動くのが、うなぎっぽい。なかなかつかめなかったところとかも、うなぎにそっくりだ。それに、夏だし。あたし、うなぎ好きだし。
 名前、うなぎにしよう。

「よろしくね、うなぎ」

 あたしはパチッと目を開けた。すごい、汗がびっしょり。
 手もちょっとだけふるえてる。やっぱり集中力を使うんだな……。


 お堂を出ると、昭くんが待ちかまえていた。
「できたのか」
 開口一番にそう聞かれて、あたしはピースをすることで答える。ふふん。見返してやった気分だ。
 昭くんはくちびるをひょいと持ち上げて笑うと、ぽんとタオルを放ってくれる。
 あたしはあわてて受け取った。この人、やっぱり基本的には優しいんだ。

「そうだ」

 昭くんはさもついでと言わんばかりに声を挙げる。
「準備をしておけ、だと」
「へ? なんの?」
「透、今日退院するから。お祝いの」
「え!? 本当!?」

 やば、あたしめっちゃ汗だくじゃん。うでを持ち上げて自分の匂いをかいでいると、昭くんがぷっとふきだした。

「気にすんな。この気温だ、みんな汗くらいかくだろ」
「わかってないなぁ。そういうことじゃないんだって」

 だって、透くんが帰ってくるんでしょ。ちょっとでもいい感じにしておきたいと思うもんじゃん。

「つべこべ言わない。ほら、行くぞ」

 くるっと向きを変えると、昭くんはスタスタと歩いて行ってしまう。
 あたしも遅れないように、昭くんの背中を追った。




 あたしの成功をひとしきり祝ってくれたあと、覚さんはさて、と車のキーを取った。
「じゃ、むかえに行ってくるわね!」
 チャラっと車のキーを回して、にっこり笑う。
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