視えるだけじゃイヤなんです!
 気づかれちゃいけない。目を合わせちゃいけない。ふるえて、言うことを聞かない手を必死で動かして、自分の口を押える。

 むわりとした土のにおい。雨上がりのむせ返るような湿気。

 ずる、ずる、と足音がする。
 ぷん、と血のにおいがした。

 早く。
 早くどっかに行って!
 必死でいのりながら、あたしは奥歯を食いしばる。

 ずる、という音が止まった。

 あたしは動けない。だって、あたしの木の後ろ。
 なんでこんなに急に足音が止まるの。なんでこんなに血のにおいがするの。今あたしの耳にかかった息はなに。
 あたしは、耐えきれなくなってふり向いた。

「ミーツケタ……」

 木の影から身を乗り出すようにして、目の前に、男の顔があった。ケタケタと笑っている。
「いやああああ!」
 やみくもに手足を振りまわし、足を動かそうとする。
 木の根っこが足にからまる。そのままあたしはぬかるんだ土に倒れこんだ。
 男は、ケタケタ笑いながら、木の横からはい出てくる。そのクモみたいな姿に、あたしはゾッとした。

 逃げなきゃ……!

「いたっ……」
 立ち上がろうとして、自分が足をひねってしまったことに気づく。どうしよう、痛い。これじゃ立ち上がれない……!

 血の匂いがぷんと強くなった。男の目があたしを見て、ニヤリと笑った。
 ダメだ、もう逃げられない……!

 そう思ったときだった。


「目を閉じろ!」


 その声と同時に、強い光が空気を切りさいた。
 真っ白な光だった。目を開けていられなくて、あたしはギュッと目をつむった。
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