視えるだけじゃイヤなんです!
「……じゃ、あたし、帰るね」
「えっ! おい、訓練は」
「ごめん」

 勝手に出てきた涙を見られないように、顔をふせて、あたしは走った。後ろで昭くんがなにか言ってたけど、もう聞こえないことにする。

 どうしよう。なんでこんなにぐちゃぐちゃな気持ちなの。
 どうしてなの。なんで涙が止まらないの。

 夏の太陽が、じりじりと照りつける。あたしは汗だくになりながらも走って、走って、学校の前を通りすぎ、そのまま裏まで回って石だたみの階段をのぼり、神社の境内にかけこんだ。

 神社には誰もいなかった。あたしはもう走れなくて、そのままその場に崩れ落ちるように座りこんだ。

 息が上がってる。それなのに、涙はまだ止まってくれない。神社の狛犬が、あたしを見て笑っている気がした。

「どうしよう」

 口に出すと、余計に涙が止まらない。

「どうしよう……!」

 狐の窓を作って、のぞく。やっぱり何も視えない。何度やっても変わらなかった。本当に、安定してないだけ……? でも、もう三日も経つのに、なんで元に戻ってくれないの?
 そこまで考えて、あたしはハッとした。まさか、狐の窓が使えないってことは……。

「うなぎ……?」
 赤い光は、もちろん視えなかった。




 ふらふらと歩いていたあたしは、いつの間にか駅前まで来ていた。
 もう夕方が近かった。あたしもそろそろ帰らないと、また家族に心配かけちゃう。

 変なの。なんだか自分が自分じゃないみたい。どうしよう、どうしたらいいんだろう。またじんわりにじんできた涙を、あたしはぐいっと手の甲でこする。

 昭くん、きっとあたしにがっかりしちゃったんだろうな。だから、あんなに守らなきゃって言っていた透くんの危険をおかしてまで、あの橋に連れて行ったんだ。
 あたし、役立たずだ。このままずっと力を使えずに……前みたいに暮らすのかな。

「それも、いいかもなぁ」

 そうだよ。だって、あたしほんの少し前まで、こんな世界があるなんて知らなかったもん。怖い思いもたくさんした。もうやめたっていいはずだよ。

 がんばったって、なんにもならないなら、がんばる必要ないじゃない。

「うなぎ……」
 あたし、うなぎの力を使えなくなっちゃったみたい。
「うなぎ、ごめんね……」

「うなぎ?」

 聞いたことのある声に、あたしはパッと顔を挙げた。
「うなぎが食べたいの?」
「楓さん……!」

 あたしはまわりを見渡した。そっか、ここ、覚さんに連れてきてもらったカフェの前だ。楓さんは、手に看板を下げたままあたしを見てにこりと笑った。

「あ、あたし……」
 なんて言っていいかわからない。あたしは楓さんを見上げたままもごもごと口を動かした。
 楓さんはそんなあたしを見て、ふう、と息をついた。そのまま流れるしぐさでウインクをする。
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