視えるだけじゃイヤなんです!
 あたしはそのまま無言でスイーツを食べ続けた。楓さんは何も言わずに、あたしをニコニコとながめている。

 この感じ、そっか。覚さんとよくにてるんだ。あたたかくて、おおらかで、あたしが話しても話さなくても、きっと受け止めてくれるような人。

「……楓さん」
「ん? どうしたの?」

 ことん、と楓さんが首を傾げた。

「うまくいかなくて……がんばってたことを投げ出したくなっちゃたとき、楓さんならどうしますか……?」
 あたしの質問に、楓さんはうーん、と天をあおぐ。

「そうね、私なら。……初心に帰る」
「初心に?」
「そ。私の場合はスイーツ作りだけど。全部やーめたってなりそうになったら、なんでスイーツを作ろうと思ったんだっけ、って自分に質問するようにしているの。そうすると、不思議とやる気が出てね。くそ、負けてたまるか! って気分になるのよ」

 負けず嫌いなの、私。と楓さんはふふっと笑った。

 あたしは自分に置き換えて考える。
 あたしががんばっている理由。あたしは……。

 頭の中で、何かがはじけたような気がした。

「ごちそうさまでした。すみません、あたし……行かなきゃ!」
「うん。がんばってね!」

 楓さんのガッツボーズを受けながら、あたしは店をあとにする。もう夕方になっちゃう。急がないと!

 あたしは走った。そうだよ、あたし、なんでがんばりたいと思ったんだっけ。そんなの決まってる。


 病院につくと、面会時間ギリギリだった。
 あたしは受付をすませると、一段飛ばしで階段をのぼった。個室のドア。ノックを三回。
「はい」
 聞こえてきた声に、あたしは泣きそうになる。
「咲綾、あたし……ここみ」
 ドアを開けた。咲綾は変わらぬ笑顔で、ベッドに横になっていた。

「ここみ! 来てくれたの! って、マジ? 面会時間ギリギリじゃん」
 そう言って、咲綾はニカッと笑った。

 あたしは丸椅子を引き寄せて、咲綾のベッドサイドに腰を下ろす。
「ごめんね、なかなかお見舞い来れなくて」
「ほんとだよー! もうヒマでヒマで。夏休みが終わっちゃうよ!」

 咲綾の笑顔に、あたしは泣き笑いになってしまう。
 咲綾は、相変わらず痛々しかった。窓から転落したときに、腕だけではなく足も骨折しちゃったようで、しっかりとギブスが巻かれている。

「そうだ、ごめんね、ここみ。なんか私さ、ちょっとおかしくなってたみたいで」

 あの、死神のときのことだ。

「たまにあるんだって。入院してて、幻覚見てあばれちゃう、みたいなやつ。ごめんね、びっくりしたよね」
「うん。……でも、無事でよかった」
「ちょ、待って、泣くほど!? やめてよここみ! 大げさだよ!」

 ちがうよ、咲綾。咲綾は本当に、死ぬとこだったんだよ。そんなことぜったいに言えないけど、あたしはそれを知ってる。

 咲綾が助かってよかった。あたし、咲綾の異変に気づいてよかった。

「咲綾、あたし、がんばるね」
「え? うん、なにを?」
「……ううん、こっちの話」
「なにそれ!」
 咲綾が声を挙げて笑った。


 面会時間終了のアナウンスを背に、あたしは病院をあとにする。もう外はうす暗くなり始めていた。帰らないとまた家族に心配かけちゃう。

< 64 / 82 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop