視えるだけじゃイヤなんです!
覚醒

 そのとき、あたしの頭の中で光が弾けた。
 真っ赤な光だ。くるくると頭の中を泳ぎ、ぱあっと視界が開けていく。

「うなぎ……?」

 赤い光は、あたしの言葉に反応してぴょこんと跳ねた。

「これは、恐れ入ったね」

 透くんがぽつりとつぶやいた。

 あたしはその顔を見て――息をのんだ。
 確かに透くんなのに。透くんの顔をしてるのに……その顔の半分が、黒く影になっている。

「枷を無理やり外すなんて、無茶をしたね、ここみちゃん」

 あたしの目の前、息のかかる距離で透くんが笑った。顔の半分を覆っている黒い影は、ぐるぐると渦を巻いている。

 あたしはそこでようやく気づいた。あたしの手首をつかむ、冷たい手のひらの感覚。

 透くん、手袋をしていない……!

「――あなた、誰……」

 ひやりとしたイヤな感覚が、あたしの背中をすべり落ちていく。

「透だよ」
「うそ、ちがう」
 手を振りほどこうと、あたしはもがいた。

「透くんじゃない! 透くんは、素手であたしにさわらない!」

 力いっぱい暴れて自分の手を取り戻すと、あたしは透くんの横をすりぬけた。

 透くんは、いつだって手袋をしていた。勝手に力を使わないように自分を制御していたんだ。それはきっと、不用意に人の心に入り込まないように、っていう、透くんの気づかい。

 そうだよ、とあたしはうなずく。あたしの好きな透くんは、茶目っ気があって、ニコニコしてるけどときどき怖くて、そしてすごくすごく優しい人だもん。

 その透くんが、こんなやり方をするわけない。あたしの目の前にいるのは、透くんの顔をした、別の誰かだ――……!

「ここみちゃんはかわいいね」

 透くんがくるっとふり返って笑った。その体半分に付きまとう黒い影が、めらめらと炎のように燃えている。

 キィンっと音が鳴った。
 うそ、動けない……!

「気づかない方がよかったんじゃないの。そうしたら大好きな『透くん』にキスしてもらえたかもしれないのに」
「あなた、なんなの……!」
「さあ、なんでしょう」
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