視えるだけじゃイヤなんです!
 うそ……どうして。
 昭くんはだまって立ち上がると、刀を握った。
 なんで、どうして!
 あたし、そんなのイヤだ。ぜったいイヤだ!

「透……」
「……昭。これは、僕が決めたことだ。だから、昭が責任を負うことじゃない……。もちろん、ここみちゃんも……」
「ねえ、やだ、やだよ透くん!」

 いつもの、やわらかくてあたたかい声。ああ、透くんだ、いつもの透くんなのに、なんでこんなことになっちゃったの……!

 昭くんが透くんの前に立つ。刀を大きく振りかぶって、透くんの上にかざした。

「昭……たの……む……!」
 黒い影が急速にふくれ上がった。
「うあああっ……!」

 あたしはそのとき、どんな顔をしていただろう。
 悲鳴を挙げたのか、それとも泣いていたのか、わからない。

 ただぐちゃぐちゃになった感情のまま、あたしは倒れる透くんを見つめていた。
 黒い影がすうっと消えていく。キレイな透くんの顔が、ゆっくりと本来の姿を取り戻していく。

 昭くんは顔に絶望をはりつけたまま、振りおろした刀を震える手でにぎり続けていた。

「どう……これなら……ダサくないでしょ……」

 最後に聞いた透くんの声は、やわらかくて、あたたかくて、ちょっとだけ意地悪だった。


  ◆◆◆


 覚さんの車の中で、あたしは蝉の声を聞くともなしに聞いていた。

 救急車で病院に運ばれた透くんは、すぐに手術室へと運ばれていった。駆けつけた覚さんと、昭くんは医者からの説明を受けている。

 あたしも別室で軽く手当てを受けた。どこか骨が折れたかな、と思ってたけど、足と腰を軽くひねったくらいですんだみたい。それよりも、腕と足の切り傷の方が問題で、あとが残ってしまうかもしれない、とのことだった。

 あとなんて、どれだけ残ってもかまわない。そんなことよりも、透くんの命がどうなるかの方が大切だ。

 手術の付きそいは家族だけ。だからあたしはわがままを言って、車の中で待たせてもらっている。
 なんだか、まだ夢の中にいるみたい。現実感がなくて、あたしはぼーっと車のエアコンの風を受けていた。

「うなぎ」

 小さく声をかけると、キュルルっと声が聞こえた。するりと首にやわらかい毛の感触を受けて、あたしは小さく笑う。
 すごい。肩乗りサイズだ。あたしの首筋に自分の頭を擦りつけて、うなぎはうれしそうにクウと鳴いた。

「その子が、うなぎちゃんなのね。ふふ、かわいい」

 かちゃっとドアが開いて、覚さんがにこっと笑う。そのまま体を運転席にすべり込ませた。

「覚さん! 透くんは……!」
 覚さんは、眉間にしわを寄せた。
「うん、隠してもしかたないから、はっきり言うわね。……ちょっと、難しいかもしれない」

 難しい……。あたしはすっと血の気が引いていく。

「刀傷は、そこまでひどくはないのよ。あれは人を切るためのものじゃない。お化けを切るために作られてるものだから、刃先はつぶしてあるの」
「そうなんですか!?」
「そう。でも、問題は心のほうね。短時間にたくさんの力を使ったから、反動でダメージを受けてるみたい。今日目を覚まさなければ、危ないんですって」

 ハンドルに両手を置いて、覚さんはふう、と息を吐いた。

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