忘れさせ屋のドロップス

カラン…………

「ただいまー、有桜?」

 華菜がさっと涙を拭うと、パーティションの影から駆け出して、いつものように遥に抱きついた。

「遥、おかえりなさいっ」

慌てて遥が華菜を抱き留めた。

「えっ?華菜?……約束夜だったよな?」

「遥に会いたいから早めに来ちゃった、あれ、遥、唇……」

 口元の絆創膏を指摘された遥が、見んなよ、と顔を顰めた。

「てゆーかさ……時間位守れよなぁ」 

「夜景見に行きたい」

「あー……夜は有桜と飯食うからさ」 


 遥が赤茶の髪を掻きながら、華菜を引き離した。


「有桜ちゃんの許可もらったもん」

「え?」

 遥の足音がこちらに向かってきて、パーテーションから頭だけ出した。

「華菜が言ってんのホント?」

「う、ん……」

ーーーー本当は違うよって言いたかった。でもカナさんのあの涙目と、遥の側にいるのが、私より華菜さんの方がお似合いで、遥も気心知れた華菜さんの方が、側に居てもらって、ほっとするんじゃないか、そう思った。

「あっそ……なぁ、有桜、俺居なくて大丈夫?あと俺さ、話が」

「大丈夫、だから」


ーーーー話?

 遮って申し訳ないと思ったけど、隣の華菜が気になった。

 私は遥の前で、ちゃんといつも通り振る舞えてるだろうか?

「ほらね、遥ー。早く早く」

「おい、ちょっと、引っ張んなよ、華菜」  

 遥はまだ何か言いたそうだったけど、私は遥から視線を逸らした。

 腕を絡めながら、華菜が遥を引っ張るようにして出て行く。


 扉の閉まる音を確認してから、私はしゃがみ込んだ。我慢していた涙は、しばらく止まらなかった。

 
 遥の為に何ができるのか、遥は本当は誰に側に居て欲しいのか、わからなかったの。苦しかった。

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