忘れさせ屋のドロップス
びくんと、飛び跳ねるようにして私は頭を上げた。スマホを慌てて確認する。あの人だ。
呼吸が苦しくなる、一呼吸してから、私を追い立てるように鳴り続けているスマホを握りしめた。
「……もし、もし……」
声が震える。でもいつかは出なければいけない。遥に迷惑がかかることだけは避けたかったから。
「有桜?……あなたね、どこに居るの?誰と一緒なの」
冷たくて、まるで感情のない話し方。私のことなんてどうでもいいのに、男の人と別れると決まって私に干渉してくる。
誰と何処に行くのか、誰と何を話したのか、掃除はしたのか?ご飯は?有桜は?有桜って。
私が泣くとさらに怒るから。いつも一人になってから泣いた。誰にも見られないように。誰にも気づかれないように。
「言えない……」
『あなたね!いいかげんにしなさい!何様なの?勝手に家出して、こんなに心配してるのに、電話もメールも、無視して!誰?まさか、男と一緒じゃないでしょうね?』
もう嫌だ。お母さんの声、聞きたくないの。帰りたくないの。遥と一緒に居たいの。
「もう、連絡して来ないで」
『あなたね!男と居るのね?有桜!いいかげんにしなさいよ!誰のおかげで大きくなったと思ってんのよ!
何で、あなたの為に働いてる私が、家事しなきゃならないのよ!有桜の仕事でしょ!そのくらいしかできないんだからっ!』
やめて、聞きたくない。あなたの為なんて言わないで。私のことなんて、どうでもいいくせに。
「もう……放っておいて、お母さんの、とこには帰……らないっ」
呼吸がおかしくなる。この前と一緒だ。遥は、過呼吸だと言っていた。
ーーーー怖い。この間みたいになると思うと身体が震えて、ますます苦しくなってくる。