忘れさせ屋のドロップス
「美味しい」

「あっそ。なら良かったけど」

「遥、はいつもご飯作ってるの?」

明らかに作り慣れているのが分かった。

「まあ。暇だし。姉貴んとこにも持ってくし」
「渚さん、近くに住んでるの?」 

「あ、言ってなかったっけ?真上だよ」

遥が天井を指差しながら、ドロップスを口に頬張った。 

「姉貴は三階をワンフロアー借りてんだ。いつ帰ってきて、いつ寝てんのかも、知らねーけど。俺、合鍵持ってるから、さっきこれと同じもの置いてきたとこ。姉貴も丁度起きたとこだから、後で皿返しに来たら受け取っといて」

 カロン、コロンと右から左へとドロップスを転がしながら遥がそっけなく答えた。

 ふと見ると、遥の首元には、昨日の彼女のワンピースみたいな淡いピンク色の花びらのような痕がついていた。

「何だよ。女と一晩過ごしてやることなんて、決まってんだろ」

私の視線に気づいた遥が、面倒臭そうに言葉を吐いた。

「安心しろよ、オマエなんかタイプじゃねーから。何もしねーよ。ばーか」

そう言うと、空になったプレートを私の分も一緒にキッチンへと持っていく。

「あ!遥、私洗う」

私が食べ終わるのを待っててくれたんだと気づいて急いで遥の背中を追う。

「あっそ。じゃあお願い」

遥はそのまま寝室に入って行った。ギシっとスプリングの沈む音がした。

スポンジを泡立てて白のプレートを程よく力を入れて擦る。

少しずつ泡の粒が増えて膨らんで大きくなる。涙と一緒だ。一粒ずつ増えて決して消えてなくならない。心に溜まって蓄積されて膨らんで苦しくなる。

泡にポタンと雫が落ちる。慌てて蛇口を、捻って泡と共に洗い流す。涙なんて、溢したらまた一つ心に溜まるだけなのに。

「また泣いてんの?」

思わず振り向いて、腕で涙を拭った。遥は私を見る訳でもなく冷蔵庫からミネラルウォーター のペットボトルを取り出した。 
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