忘れさせ屋のドロップス
「家に……帰りたくないの……ひとりぼっちが、……ひっく、嫌……なの」
「うん。分かってる……帰らなくていい、有桜は何にも悪くないから」
「遥、一人に、しない……で」
頭の上にポタンと降ってきたのは雨粒かと思った。見上げてすぐに気づく。
ーーーー遥の涙だってことに。
「は、るか?」
「ごめん、な。俺さ、有桜を一人にしないって、側に居るって……約束、したのにな」
約束……?
『何処にも行かないで』と私は、誰にそう何度も口にしたんだろう。何処にも行かないと、有桜の側に居るからと言って欲しくて。
遥の涙がパズルのピースの代わりにじんわり滲んでその形を変えていく。見えなかった景色が少しずつ浮かび上がってくる。
『側に居るから』『大丈夫だから』
そう言って、いつも抱きしめてくれたのは……?
「有桜……大丈夫だから」
「遥…………」
「俺のせいだから。ごめんな、いっつも、泣いてたな……俺に見せない様にして」
そうだ、いつも泣いてた。私だけを見て欲しくて。……が大好きで、私は……
見上げた遥の唇が、ゆっくり私に重なった。
明香を閉じたら、海の青に夕陽のオレンジが重なって、あの日の景色がはっきりと映る。
遥の涙が苦しくて、抱きしめたくて。
遥に何処にも行って欲しくなくて。
ガラス瓶に閉じ込めた砂浜の貝殻が、キラキラ光って、私の中の見えなかった心の真ん中の景色を全て照らしていく。