忘れさせ屋のドロップス
「……有桜」
耳元で名前を読んでみたけど返事はない。
俺の腕の中で安心したように眠る有桜をしばらく眺めていた。
ちゃんと好きだと言えるまで何もしないって決めてた癖に、抑えがきかなかった。
華奢な肩に真っ白な首筋を揺らしながら、その呼吸は本当に静かで、ほっとする。
「……風邪ひくだろ」
足元に転がってた俺のスウェットを有桜に着せていく。
しがみつく様に伸ばされた有桜の掌が袖から出る様に捲ってから、俺はチェストからTシャツを引っ張りだした。
有桜の倒れた原因はずっと俺だと思ってた。勿論俺のことも原因なんだと思う……。
でも公園で震えて泣いていた、あの時の有桜の涙の原因は俺じゃない。
……母親だ。
今日有桜は、俺の事を思い出してくれたばかりだ。時間を置いて、もう一度母親の事をきちんと聞かなれけばならない、そう思った。
有桜はきっと、俺に負担を掛けたくなくて今まで話せなかったんだろう。
「もう泣かせないから」
傷口に触れるだけのキスをする。
掌で触れた有桜の頬はあったかくて、俺は有桜を抱きしめたまま、瞳を閉じた。
水族館で見た海月みたいに、もう有桜が一人で泣かない様に、俺はただ側に居たかった。