忘れさせ屋のドロップス
第10章 たった一つの嘘
その日も、いつもと変わらない朝だった。
ダイニングテーブルには、有桜が作ってくれた朝食が並ぶ。
「お、焼き魚」
「うん、たまにはお魚もいいかなって」
今日は、朝からシャケと味噌汁と、サラダに卵焼きだ。
「卵焼き甘いヤツ?」
「遥が甘くないと食べれないから」
クスッと笑う有桜を見ながら、俺は卵焼きを放り込んだ。
「うま」
「良かった」
にこりと笑う有桜に、俺は幸せな気持ちになる。
同じものを食べて、たわいない話で笑って、一緒に眠って、このままずっと一緒にいられたらどんなにいいだろうか。
わからなかったんだ。俺はいつも気づくのが遅くて。ずっとなんてないこと。
ずっと一緒なんて、誰も保証してくれないこと。
食べ終わると、俺が洗濯当番で、有桜は姉貴のところに食べ終わった食器を受け取りにいった。
暫くして、カランと扉が開いて、俺はてっきり有桜だと思った。
洗濯物を干し終わって、寝室の扉から顔だけ出した。
「有桜おかえ……」
俺の言葉はそこで止まった。
40代位だろうか。
黒髪を一つに束ねて、スーツ姿の女性が立っていた。
目元をみてすぐに分かった。大きめの黒い瞳が有桜とよく似てたから。
「有桜は?」
カツカツとヒールを鳴らしながら、部屋の中にぐるっと視線を流した。
俺は女性の前までいくと足を止めて、女性を真っ直ぐに見た。
「貴方が?有桜と此処で?」
「……はい、佐藤遥と申します」
俺の全身を一通り眺めると、女性が口を開く。
「私が此処に来た理由分かってるわよね?」
「……大体は、分かってるつもりです」
高圧的で神経質そうな母親だ。有桜が心配して俺に話していたとおり、位置情報で此処がわかったんだろう。
一度、話さなければならない。
有桜とこれからも一緒に居るのであれば。
「佐藤さん?って言ったかしら……言わなくてもわかるわよね、有桜の母親です。あの子を迎えに来ました。有桜は?」
冷たい口調だ。有桜とは全然違う。
「有桜さんは」
ちょうどその時、カランと扉が開いた。姉貴と有桜が扉から入ってくる。
「え?」
俺と母親の姿を見つけて、有桜の顔がみるみる青ざめるのが分かった。