忘れさせ屋のドロップス
「……一時期ちょっとだけマシな時期あって、そん時に知り合いのインテリア関係の店で働いてたんだよ、そん時の遥、渾身の産物だな」

「すごい……遥が彫ったなんて」

 繊細な模様を丁寧に彫ってある。波や桜の花びらの曲線も柔らかくて、木の温かみと重なって、そこだけ自然の中に放り出されたような解放感でなぜだか心があったかくなった。遥が真剣な顔で時間をかけて彫った様子が目に浮かんだ。

「昨日、一緒に寝れた?」

「あ、遥はカナ、さんと先約で早朝には帰ってきた感じで。……私に気を使ってくれてソファーで寝たって言ってました」

「あぁ、あの子ね、はな屋さんの」

渚さんが困ったように笑った。 

カナさんは、お花屋さん……で働いているのだろうか。可愛い人だった。薄桃色のスイートピーみたいに、ふわふわとしてて。

「寝れなかっただろうな」  

含み笑いをした渚さんが、マグカップをコトンと置いた。 

「そう、……言ってました」

「違う違う!言ったでしょ、アイツ女の子みたいなとこあるからさ、あのベッドでしか眠れないの」

思わず、私の顔が綻ぶのと同時に、渚さんが大きな声で笑った。 

「……私なんかが、その……」 

「なんかの人なんか居ないよ」

私の言葉にすぐさま被せるようにして紡がれた言葉にまた涙が出そうになる。渚さんは黙って私が口を開くのを待っていた

 私は涙を何とか引っ込めた。

遥に言われたばっかりだ。何も言わないくせに泣くだけ泣いて……遥の言う通り、いい迷惑だ。

何処にも行くとこもない私を置いてくれてるだけでもありがたいことなのに。
でも……遥や渚さんに迷惑をかけてまで、此処居てもいいんだろうか。

「……何?考えてる?」

「え?あ、あの」

渚さんがふわりと笑った。

「なんだかね、似てる」

「え?」

「その、思ってることを素直に言えないところとか、泣き虫なところとか」

ミルクティーをスプーンで緩く掻き回しながら渚さんが私をじっと見た。
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