忘れさせ屋のドロップス
ーーーー小さい頃の夢を見た。

私は小さい頃は体が弱くて、すぐに熱を出したから。その度にお母さんは、夜通し私について、氷枕を変えてくれた。

頭を撫でて、いつも大丈夫だよって言ってくれたのを思い出す。私が眠るまで手を繋いでくれて、あったかくて。

いつからだろう。お母さんが笑わなくなったのは。本当は小さい頃から、私はお母さんが大好きだった。

いつも私だけを見て、心配してくれて、気性の荒いお父さんからも守ってくれて。

今はお母さんの心がしんどくて辛いだけで、いつか、そんな大好きなお母さんに戻ってくれるんじゃないかって、心のどこかで私はずっと待ってた。

いつも一人きりの部屋で。泣きながら。
すごく寂しかったの……。


「……有桜ちゃん」


どのくらい眠ってたんだろうか。繋がれた掌が渚さんだと気づく。 

見慣れた寝室の窓からは夕陽が差し込んでいた。
渚さんの掌が私の頬に触れる。

「……お、母さん……は?」

渚さんは少しの間黙ってた。途端に怖くなる。

「今日は帰ったよ」

今日は。……また迎えに来るということ。
涙が落ちる前に渚さんが掬ってくれた。 

「渚さんにも、遥にも……嘘ついてたの」

「うん、言えなかったね。何処にも行くとこなくて」

「ごめ、んなさい……。遥にも、渚さんにも……迷惑…かけ」 

「そんなこと思ってないから」

渚さんがふっと笑う。 

「遥は?」

渚さんは少しだけ困った顔をしていた。 

「……もう、全部大丈夫だから」

ーーーー全部?

「遥は?」

再度私は訊ねた。

渚さんは私の頭をふわりと撫でる。

「今日は此処には戻らない、代わりに私が居るから」
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