忘れさせ屋のドロップス
「え?」

起きあがろうとした私を渚さんが背中を、支えてくれた。

「今日は遥……有桜ちゃんには、会えないって」

その意味が、分かるのに分かりたくなんかなかった。遥はどう思っただろう。

私が出会った時から、遥に嘘をついていたこと。

たった一つの嘘。

「……私が、嘘ついてたから」

高校生だと知ったら此処には置いてもらえないと思って咄嗟についた嘘だった。

それに遥の家に長居する気もあの時はなかったから。

私は、遥に初めて会った時は17歳だった。

そして遥に桜を見せに連れて行ってもらった日が私の18歳の誕生日だった。遥に見せてもらった初めてみる桜は、大きくなってから1番嬉しい誕生日プレゼントだった。

あの日から、変わってしまったの。

「遥に会いたい……」

遥が好きで遥に恋して、遥とずっと一緒に居たくて。  


「遥が好きでたまらないの……遥が居ないと……ひっく……」 

……でも、私は高校三年生だ。

どんなに願っても、その事実は変わらない。

高校生の私が、遥と一緒に暮らせないこと位分かってた。

ーーーーだから、どうしても言えなかった。


溢れた涙がを掬いながら、渚さんが私の目を真っ直ぐに見た。

「ずっと……遥の側に居てくれて有難うね」

私は首を振った。

「やだ……これからも遥の、側に……居たいの」

渚さんが私の頬に触れる。

「……有桜ちゃんには、有桜ちゃんにしかない未来があるんだよ。遥も私もね、高校をちゃんと卒業して、有桜ちゃんにやりたいことも見つけてほしい」

「やだ……やりたいことなんてない……遥といれればそれでいいの」

「有桜ちゃん……有桜ちゃんと遥が一緒にいるのは簡単。だけどね、いまの遥には、有桜ちゃんの未来まで抱える余裕はないから……それに遥だって、まだ高校生の有桜ちゃんのこと、全部受け止めきれない。だからね、二人のためなんだよ」

「何にもいらない。学校も辞める。遥の重荷にならないようにするから……遥だけでいいの」

高校生というだけで、遥の重荷になることが頭では分かってるのに、言葉は止まらない。

涙は勝手に転がって、遥のことが好きな心だけが、溢れて溢れて自分の涙で溺れていく。


「……大丈夫だよ。有桜ちゃん、……ちゃんと、お母さんと遥と3人で話したから。……お母さんも分かってくれたから、もう一人で泣かなくても大丈夫だから……」 

「やだっ……遥がいいのっ、遥の側から離れたくないっ……」 

渚さんは何も言わなかった。

ただ側に居てくれた。渚さんの胸はあったかくて、遥に似た甘い香りがした。どのくらい泣いたかわからない。


どのくらい泣いたら遥と明日も、明後日もずっと居られるのか、私は子供だっだから、そんなことばかり考えてた。


遥が、私に会えないといった理由は、とっくに分かってた。

それでもね、ただ、遥のそばに居たい。

遥のことが大好きだから……。
< 172 / 192 >

この作品をシェア

pagetop