忘れさせ屋のドロップス
その夜は、渚さんが眠るまで居てくれた。
朝起きて、遥が隣に居ないことに昨日のことが夢じゃないことに気づく。
遥が隣に居ない朝は、寂しくて、遥の温もりが恋しくて、涙はすぐに転がっていく。
少しは眠れたはずなのに、目は真っ赤だ。もしかしたら、眠りながら泣いていたのかもしれない。
私は、淡いピンクのボストンバックを眺めながら、最後に宝物のガラス瓶をそっと入れた。
遥に連れて行ってもらった海……初めて遥とキスをして、手を繋いで貰った感触が忘れられなくて、心が無意識に遥を求める。
ーーーー声が聞きたい。
ーーーー会いたい。
遥は何処に居るんだろう。渚さんの部屋に居るんだろうか。
3ヶ月……遥と一緒に暮らした部屋に、私はいま一人きりだ。
遥と一緒に過ごした日々が思い出されて、私はまた涙を拭った。
昨日から涙はすぐに溢れてしまう。もう遥は拭ってはくれないのに。
寝室の壁の時計をみると10時すぎだ。
お母さんが11時頃くるから、その少し前に渚さんが私をこの部屋まで迎えにくると話していた。
「遥……」
遥は、もう私に会わないつもりなんだろうか。嘘をついていたことが、許せなかったんだろうか。
私だけが遥を好きで、遥からは結局、好きだと言ってもらえたことは一度もなかった。
遥は、やっぱり那月さん以外に、本気で好きになることなんかないのかもしれない。
少なくとも、高校生だと分かった私なんかに、遥は、側に居てほしいと思うわけない。
それでも……。苦しいくらい遥を『忘れられない』私はどうしたらいいんだろう。