忘れさせ屋のドロップス
姉貴の家から階段を降りて、見慣れた家の扉の前に立つ。

俺は、自分の家の扉を開くのが、こんなに重く感じるの初めてだった。

昨日、姉貴の家で一晩考えた。

有桜が高校生だということ、今の俺が有桜に何をしてやれるのか。

何が有桜にとって1番良いのか。


一呼吸してから俺はカランと扉を開く。

有桜が一瞬驚いた顔をしながら、ボストンバックを片手に寝室から駆け寄ってくるのが見えた。 

「遥……」

駆け寄ってきた有桜が、不安そうな顔で俺の腕を掴んだ。昨日眠れなかったんだろうか。それとも眠りながら、泣いていたんだろうか。有桜の目元は赤く腫れて、疲れた顔をしてた。

「遥、ごめんなさいっ……私、私ね……」

「……もういいから」 

自分でも思った以上に冷たい声だった。

「遥?怒ってるの?……そうだよね、ごめんね。私……何処にもいくとこなくて……遥の側から離れたくなくて……どうしても言えなかったの……」

有桜の足元のコンクリの床にポタポタと滲みができていく。 

有桜が、俺の腕をさっきより強く両手で掴んだ。

「遥、お願い、帰りたくないの……此処で一緒に暮らしたいの……お母さんに一緒に言って」  

「……もう有桜とは暮らせない」

有桜の瞳からは大きな粒が滑り落ちて、震える身体を必死に抑えてるのがわかる。

有桜を傷つける。分かってても言わなきゃいけない。 

ーーーー俺は笑った。

「高校生とかありえねぇだろ」 

有桜が言葉を失うのが分かった。有桜は暫く黙ったまま俯いた。無機質な床に涙の数が無数に増えていく。 

「嘘……ついてごめんね……でもね、遥と、どうしても居たかったの……」  

「言ったよな?俺はガキに興味ないからさ、だからさっさと家帰ってくんない?」

ちゃんと言えてるだろうか。昨日の夜、よく考えたことを。

「どうして?……そんなこと言うの?……遥言ったよね?私と一緒に居てくれるって言ったもん」

「あんなの別に他の女にも言ってたから。ただ初めての女とヤりたかっただけ。わかったら母親迎えにきてるから、早く行けよ!」

「やだ……帰らない。帰りたくない!遥と居る!」

「帰れ!俺の迷惑考えろ!馬鹿じゃねぇの!」

「そんなこと……言わないで。学校も辞めるから」 

「何度も言わせんな!警察沙汰にしたいのかよ!ガキはごめんだ!」

語尾を強めた俺に有桜が小さく震えた。

「嘘吐き……ひっく……子供じゃないって言ったもん……」


……そうだよ、ガキなんかじゃない。そんな風に見てない。

ずっと此処で俺の側に居て。

ずっと此処で俺と暮らせばいいから。そう言えたらどんなにラクだろう。

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