忘れさせ屋のドロップス
最終章 忘れられないドロップス
ーーーー私は、3月に無事高校を卒業した。

4月からは、製菓の専門学校に通うことが決まっている。

夢という程のものでは、ないかもしれないけれど、私が作った料理を、遥が美味しいと食べてくれることが好きだったから。

私の作ったお菓子が、誰かの小さな幸せの時間と笑顔になれば、素直に嬉しい。

そう思って製菓の専門学校に決めた。


遥から一度も連絡が来ないまま、あの家を後にしてから10ヶ月たった。

卒業まで、何度もまた逃げ出しそうになったけれど、私が高校を卒業することが、遥が1番喜んでくれる気がして、どんなにしんどくても卒業だけは諦めなかった。

毎日、あの海で拾ったガラス瓶の中の貝殻を眺めては、遅れていた勉強を取り返すように、夜通し教科書を捲った。

きちんと高校を卒業したことを、渚さんにだけ報告のラインを入れた。自分のことのように喜んでくれて嬉しかった。


遥にも言いたかったけど、最後に話してから、遥のラインはいくら送っても既読にならなかったから、半年前から送るのをやめた。

やっぱり高校生の私に、遥は本気になんてなれなくて。

今思えば、こんな泣き虫で、遥に頼ってばかりの私との面倒な関係を、断ち切りたかったのかもしれない。


『俺のこと忘れて』と言われて手を離された感触だけが私に残って、いつまでたっても私は遥を忘れられなかった。


自室の窓の外を眺めれば、近くの公園には淡い薄紅色が、風に揺れている。


ーーーー今年も桜の季節がやってきた。


遥とみた桜を思い出す。手に握りしめていたスマホの待ち受けは、遥と一緒に見た桜の写真のままだ。今日は、あの桜を見にいこう……そう思っていた。
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