忘れさせ屋のドロップス
「有桜をつれて此処に戻る前の日、有桜が眠ってる間に話しをしたの。遥くんと、お姉さんと三人で」

そうだ、渚さんはあのとき、私の手を握って、全部大丈夫だから、とそう言ってた。

「遥……何て言ってた?」 

遥がお母さんに何て言ったのか、想像ができなかった。 

「……頭を下げられたわ」

「え?……」  

「全部僕のせいだからって。僕の我儘で、有桜を引き留めて、一緒に居てもらってたからって。叱らないで欲しいって。
あと……有桜は寂しがり屋で泣き虫だから、本当はお母さんと一緒に居たいはずなのに言えないだけで、お母さんが大好きだから、もう有桜が一人で泣いたりしないように、できるだけ側に居てもらえないかって」   


ぽたぽたと溢れた涙は止まらない。


「……遥は悪くないの。私がね、何処にも行くとこもなくて、咄嗟に嘘ついたの。……でも、いつの間にか、遥の側に居たくて、高校生だって言い出せなくて……」

「……うん。分かってるから……遥くんが、どんなに有桜を大事にしてくれてたか、お母さんだって分かってる。有桜の将来のために、身をひいてくれた事も」

目の前のマグカップは、ぼやけて揺れて、はっきり見えなくなっていた。

お母さんが立ち上がって背中を摩ってくれた。小さい頃のように、あったかい掌だった。


「……泣いたら目が腫れるから」

お母さんが困ったような顔をしていた。そうだ、『泣いたら目が腫れるから』小さい頃から泣き虫だった私にお母さんが言ってくれた言葉。

お母さんが、私の瞳からそっと涙がを掬った。

「今日桜、見に行くんでしょう?」

私はこくんと頷いた。

「どうしても見たい桜があるの……」

一年前、私の誕生日に遥と見に行った桜。

「いいお天気ね、気をつけていってらっしゃい。……遅くなってもいいから」

お母さんの笑った顔を久しぶりに見た。

小さい頃と変わらない優しい笑顔が嬉しくて、私も微笑んだ。
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