忘れさせ屋のドロップス
春休みの最中だけど、月曜だからかもしれない。
公園は、遥と行った時よりも比較的空いてい
た。

私は去年遥と見た、桜の樹の下にちょこんと座った。

鞄からドロップスを取り出して、口に放り込む。遥と暮らした部屋をでるときに、ベッドサイドのチェストから、勝手に持ってきたものだ。

どうしても泣きたい時だけ、このドロップスを頼った。転がしてると、遥に『大丈夫だよ』って、言われてるみたいで安心したから。 
「……忘れられたら、どんなにラクだろう」

ーーーードロップスが、カロンと鳴った。

そんなことできる訳もないのに。遥を忘れてしまうには、一緒に居すぎてしまったから。10ヶ月経った今でも、私は遥を忘れられなかった。

遥の声も、匂いも、温もりも、全部がつい昨日のように思い出されて、恋しくなる。
遥に会いたくて……。

今日は私の19歳の誕生日。遥と見た同じ桜、同じ日時。 何もかもが一年前と同じだ。違うのは遥が居ないことだけ。

カロン……コロン……。

俯くとすぐに涙が溢れそうだ。私は、上を向くと、薄紅色の桜を眺めた。 

「儚い……か」

私にそう言った遥は居なくて、上手に写真を撮っても見せることも出来なくて、あの日と同じ景色なのに、遥だけが居ないことが堪らなく苦しくなって、私はやっぱり泣きそうになる。

空は青くて、桜の花弁は、春風に踊るように雲の間をすり抜けていく。そしてゆっくり落ちていく。


ーーーー「有桜」

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