忘れさせ屋のドロップス
「有桜、お誕生日おめでとう。あと卒業もおめでとう」

「何で?……」

遥がくしゃっと私の頭を撫でた。

「お母さんから聞いたから」

涙はあっという間に、散った桜の花びらと共に地面に無数の痕になる。目元を拭おうとして、遥に手首を掴まれた。

「おい、目腫れんだろーが」
掬う様にして遥が私の頬に触れる。

「泣くなよ。ドロップス食べてんだから、泣く事、『忘れろ』」

「……違う。私が、ドロップス食べてるのは……」 

ぐいと強引に、遥の両腕に引き寄せられる。遥のあったかくて甘い匂いに包まれて、涙はもう止まらなくなった。

「俺のこと忘れろって言っただろ」

耳元から聞こえる、ずっと聞きたかった遥の声。

「できなかった……」 

ゆっくり身体を離すと、遥の薄茶色の瞳が口角を上げて私を映した。


「……俺もさ。毎日食べたよ、コレ。飽きるくらいにな」
地面にコトンと置かれたドロップスの缶。

「誰かを『好きになることを忘れる』って決めたことを『忘れる』為に、毎日食った」

思わず顔をあげて、遥の瞳を私は見た。


「ちゃんと有桜を好きになりたかった」

遥は真っ直ぐに私を見た。

「有桜は?ちゃんと誰も好きになれない俺のことなんか『忘れた』?」

 意地悪く遥が笑った。

「遥に……『忘れろ』って言われたことを『忘れる』為に私も食べた……」

薄茶色の瞳が少し見開かれて、遥がふっと笑った。涙で遥が、やっぱりぼやけてる。

「あのな、そんなんじゃいつまでたっても『忘れられない』だろ」

「会いたかった」

泣きながら、辛うじて言葉にできたのは『忘れられなかった』じゃなくてその言葉だった。だって、遥を『忘れる』ことなんて私には到底できないから。

遥の腕がより強く私をぎゅっと抱きしめた。
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