忘れさせ屋のドロップス

ーーーー今日もいつもの朝がやってくる。

見慣れたダブルベッドには長い睫毛を揺らしながら、遥の寝顔がこっちに向いている。

「遥、遅刻しちゃうよ!起きて」  

何度も肩をゆするけど、遥が起きる気配はない。

「五分だけ……」

するりと腕を伸ばすと、私を抱きしめながら首元に唇を寄せる。

「だ、だめ!遥っ!」

時すでに遅しかもしれない。首元は僅かにチクンとした。

「トースト焼くから早くきてね」

「……ん、はいはい」


私が、テーブルにトーストとブラックのコーヒーを並べ終わると同時に、遥が慌てて起きてきた。

「やばっ、有桜、今何時?」

ネクタイを締めながら遥が、ダイニングテーブルの『spring』の席に座る。

「あと15分だよ、はい、トーストとコーヒー」

私は、当たり前のように向かいの椅子に座る。

背もたれには、可愛らしい桜の模様が彫られていて、『cherry』の文字が刻まれている。

「サンキュ」

遥は飲み込むように、トーストとコーヒー流し込むとドロップスを、口に放り込んだ。

「遥、寝坊珍しいね」

「有桜が起こさねーからだろが」

「起こしたよ、何度も!」

頬を膨らませて、口を尖らせた私のおでこを、ツンとはじくと、遥が意地悪く笑った。

「俺が寝不足なのは、昨日の夜も途中で有桜が先寝るからだろ、よく寝れるよなぁ、あんなことされながら」 

「遥っ!」

にやりと笑うと、私の首元を指差した。

「暑くてもボタン外すなよ、丸見えだかんな」

真っ赤になった私を、満足そうに眺めながら、遥がスーツのジャケットを羽織る。

「俺のだから、よそ見すんなよ」

「しないよっ……」

顔が熱くなりながら、私は、黒のスラックスに白いシャツのボタンを一番上まで留めて、スプリングコートを羽織った。今日から製菓の専門学校の研修会だ。

二人でコンクリ剥き出しの階段を降りると、遥の自転車の後ろに跨った。
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