忘れさせ屋のドロップス
その大きな黒い瞳はゆっくり閉じられて二度と目覚めることがない。真っ白な華奢な掌は、二度と俺の手を握らない。そんなのダメだ。

「……いくな……」 

ダメだ。それなら俺もいく。お前だけ逝くなんて耐えられない。

「頼むから……」

俺を、置いていくな。那月。

「遥!」

腕を掴んでいた。那月の腕を。強く。那月がどこにも行かないように。


ーーーー違う。

「……大、丈夫?」

 不安そうな顔で俺を覗き込んでいるのは、有桜。 

 気づいたら有桜の細い腕を、俺は力一杯、握りしめていた。

「ごめん」

俺は慌てて手を離す。

「私は、……大丈夫」 

「痛かっただろ」

 有桜は黙って首を振った。肩下まである綺麗な黒髪が揺れる。

 嘘つけ。俺は力一杯握ってた。長袖で見えないけれど、有桜の細い腕は多分赤くなってる。

「あの、ごめんなさい」

有桜の長い睫毛が下を向く。コイツはすぐ泣く。すぐに俯いて、放っておいたら一人で泣いている。俺は誰かが泣いてるのを見るのが嫌いだ。思い出すから。

「何が?」 

「……今朝、私の為に、そのフレンチトースト」 

「……」

「私が……泣いてたから……」

俺は有紗に背を向けた。誰に聞いたんだか。

「俺が食べたかっただけ」

「渚さんに、聞いたもん」

余計な事言いやがって。

「……めんどくせ。で?他にも聞いたよな?子供みてーだろ。このベッドじゃなきゃ寝れないなんて」 

「そんなこと……ない。昨日、私……遥の毛布がなかったら眠れてなかった。一人ぼっちで、……怖かった、から」

だから泣いてたのか?俺の毛布を握りしめて、ベッドの片隅で野良猫みたいに小さくなってる有桜を何故だかほっとけなかった。

自分を見てるみたいで。

「ドロップス」
「え?」

俺は、ベッド横のサイドテーブルを指さした。

「そこの一番上の引き出し。丸い缶の中に入ってるから。泣く暇あったら食って『忘れて』寝ろ」

「……わかった」

 素直に有桜が頷いたのを見て、俺は起き上がる。時計は10時。約束の時間だ。

「そろそろ時間だな」
「え?」
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