忘れさせ屋のドロップス
ーーーーカラン。
「いるかい?はる?」
扉から入ってきたのは小柄な女性だった。白髪の混ざる長い髪を団子状にして纏めている。上品な手鞠の和柄模様の割烹着を身につけていた。七十代位だろうか。
「いるよ、車取ってくる」
お客様、なのだろう。寝癖をガシガシと手櫛で整えながらキーを片手に遥が返事をした。
「おや、可愛いお嬢さんだね」
「あ、あの」
「受付雇った。名前は有桜」
「初めまして、豆腐屋の吉野と申します」
目尻の下がった優しい顔で、穏やかでほっとする声だった。
「あの、宜しくお願いします」
私は咄嗟に頭を下げた。
「久しぶりだね、はるが、可愛いお嬢さんと一緒に暮らしてるのを見るのは」
久しぶり……?遥は以前、恋人と住んでいたのだろうか。
「あー。一緒に住み始めただけで、別にそーゆうんじゃないからさ」
サングラスを掛けて、白いスニーカーを突っかけたまま、遥が扉に手をかけた。
「有桜、それ着替えて、鍵しめたら、吉野さんについて店行っといて」
遥に指さしされて気づく。
そうだ、何の色気もないグレーのスウェットを起きてから、着替えてないことに気付いて顔が赤くなった。
……だからさっき、吉野さんと呼ばれた人はスウェット姿の私と遥が寝室から出てきたから、遥の恋人と勘違いしたのだろう。
「す、すぐ着替えてきます」
慌てて、寝室に引き返す私を吉野さんが、ちょっと腰掛けさせてもらうねと言って、ソファーに座ると、優しく手を振った。
吉野さんのお豆腐屋さんは、此処と目と鼻の先だ。このビルを出て通りにでる角にある。お豆腐屋さんと聞いて、すぐに此処だとわかった。
吉野さんに連れられて店の前に行くと、遥が黒のSUVを停めて店先で出迎えた。
吉野さんは、遥に何かを伝えて、そそくさと店に入っていく。