忘れさせ屋のドロップス
「有桜、おせーんだよ」

「わ。ごめん。あの、何処行くの?」

「吉野さんの配達手伝うんだよ、それ運んで」

遥は、重たそうな豆腐の入ったトレーを軽々と持ち上げて、私には小さな油揚げの入ったトレーを目線で指示した。

 遥がラフな恰好だったので、咄嗟に細身のジーンズにオーバーサイズの黒トレーナーにして正解だった。

 十箱ほどを車の荷台と後部座席に乗せると遥がエンジンをかけた。

「はる、ありがとうね」

「また帰ったら店寄るから」

外は、桜が満開を迎えていた。冬の寒さはとうに過ぎ去って、街行く人はスプリングコート姿が目立つ。

穏やかな白いカーテンみたいな日差しが車内まで仄かな淡い煙のように差し込んでいた。

車が走り出してから、これでもかという程に青信号だった。遥は何も話さない。

私も話さない。話せない、の方が正しいのかもしれない。話しかけるのは苦手だ。昔から。

窓からの街並みを眺める振りをして誤魔化すが、静かな車内が、やっぱり気になる。

ちらりと遥を横目で見るが、ドロップスを転がしながら、黙々とハンドルを握っている。

「遥、運転できるんだね」

無言は苦手だ。話しかけるのも苦手だけど、無言を過ごすよりはと重い口を開いた。

「別にすごいことでも何でもねーだろ。姉貴の車だし」

遥は無言の空間を何とも思っていないようで、いつも通りの口調だった。また車内は静かになる。どうしよう。 

「……何?俺が喋らないのが気になんの?」

ようやく訪れた赤信号で、次に口を開いたのは遥だった。どうして分かったんだろう。私はこくんと頷いた。

「ふうん。女ってよくわかんねーな。必要なこと以外、何にも喋らないでって女もいれば、喋ってくれっていう女もいるし」 

「……遥は?」

「は?俺?何が?話したいか?話さないか?」

目線こそ前を向いているが、その綺麗な横顔は、やや難しい顔をしている。

「意味わかんねー。別に有桜と無言でも俺は全然気にならねーけどな。……姉貴の方が断然緊張するだろ」

おもわず、ふっと笑った。遥が信号の青を確認して、再び車が走り出す。
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