忘れさせ屋のドロップス
 「今日の配達はさ、全部五件件、寿司屋と中華料理や天ぷら屋、創作和食、最後が小料理屋」  

「うん。あの、遥はいつも配達手伝ってるの?」

「暇だからな、客だって来るのは夕方、大半女だし」

それは、一晩忘れさせてと遥を求めて、女性が来るということなのだろう。遥が年齢より大人びて見えるのは、そういうことなのかも知れない。でも、それなら、

「どうして、私を置いてくれたの?」

 受付なんて必要ないだろう。

そもそも渚さんは、あぁ言ってくれていたが、本当は受付なんて雇う気なかったんじゃないだろうか。

「逆に聞くけど、俺ん家住めなかったら、どーしてた訳?」 

「……野……宿、とか」

遥が大袈裟に溜息を吐いた。

「あのな、オマエな、女が一人で野宿って。はい、誰か襲ってくださいってお願いしてるようなもんだろ!社会はな、オマエが思ってるほど優しくねーの!」

「う、嘘……」 

「俺だったら、そー思うね」

愉快そうに遥が口角をあげた。

「ま、要はさ、行くところなかったんだろ?あんな馬鹿でかいバック抱えて、家忘れたいとか、俺は正直、聞き間違いかと思ったな。そんな依頼するヤツいんのかよ」

遥がサングラスをずらして、意地悪く私を見た。

「目の前に……」

それだけ呟いた私に、遥がふっと笑った。 

遥の笑った顔は初めて見た。

何だか少年みたいな幼さが残る笑顔だった。とくんと無意識に一度だけ鼓動が跳ねた。 

「そこ、曲がったら、五分程で寿司屋だから。俺、納品してくる間、オマエ此処で待ってて」

「分かった。……あの、遥。……聞かないの?……どうして家を出たのか」

遥も渚さんも、どうして家を忘れたいのか、理由を聞かない。

「そんなん、どっちでも良くね?」

「え?」

「どーせ、聞いても聞かなくても何もしてやれねーし。住むとこないんだから、俺ん家住むしかないんだし」

私が住むことを前提で、当たり前のように、あっけらかんと話す遥に、心の中の吹き溜まりが一欠片シャボン玉みたいに飛んでいった気がした。

「でもさ、もし親から連絡きたら、ちゃんと返事くらいしろよ」

私は黙って頷いた。あの人からはきっと、来ない。そんな気がした。

「何だよ」

目線を下げて黙り込んだ私を、運転しながら遥がちらりと見た。 

また私が泣き出すと思ったんだと思う。

「泣いてないよ」

そう言って私は、初めて遥の目を見て笑った。

「あっそ」

そっけない返事だったが、遥は満足気に口角を上げた。
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