忘れさせ屋のドロップス
声の方見ると、厨房から出てきた長身の遥の左腕に、捕まるように身を寄せて、口を尖らせている女性が見えた。 

「しょーがねーだろ、明日は会えない」 
 
「やだやだ。夜景見にドライブ行くって約束したもん」

「仕事。オマエもたまには夜もここ手伝えよ」

「やだ。楽しみにしてたのに」

淡いピンクの唇に栗色のふわふわの髪の毛は、今日は後ろに一つに括られて、エプロンをつけている。

「あ!なんで『あれ』がいるのよ!」

『あれ』って……。この前は確か『これ』だった。

こちらに向かって一目散に駆け寄ると、華菜が、私を見つけて不満げに大きな二重を険しく細めた。

「配達に連れてきたんだよ、この前言っただろ?有桜だよ」 

「あの……こんにちは」

一瞬、目は合ったが、勿論返事はない。華菜は不貞腐れたまま机に手をついて、遥をじっと見つめている。

「なー華菜、俺、腹減ってんの。早くいつもの頂戴」

「キスしてくれたら、いいよ」

口を尖らせて遥に、顔を寄せる。

「あのな、真っ昼間に、公衆面前で、さらには実家の店の中でありえねーだろ。また今度な」 

遥は、頬を膨らませる華菜を、猫にでも触れるように頭をくしゃくしゃっと撫でた。 

「有桜も、同じのでいいよな?俺は、おばさんの塩サバ定食が、早く食いてーの!」

私が頷くより早く、遥がサバ定食をカナさんに、せがんでいる。

「お待たせしました」

和服姿の女性が、私と遥の前に塩サバ定食をカタンと置いた。綺麗な二重瞼に少し垂れ目の……

「うわ、美味そ」

「遥くん、いつも華菜がごめんなさいね」

にこりと笑う女性の笑顔は、華菜とよく似ている。そういえば、さっき実家って……

「あ、こちらこそ。どーも」

遥が軽く頭を下げた。

「うちの華菜が、遥くんのひっつき虫なのが気になってて」

「やだ、ママーやめてよ」

カナがますます口を尖らせた。目元が似てる。華菜さんのお母さんなんだ。

「いや、華菜さんには色々感謝してるんで。明日はごめんな。また埋め合わせする」

遥の言葉に、頬を少し赤らめたカナさんをみて、女性が微笑んだ。

サバの香ばしい匂いと炊き立ての白ごはんの匂いに幸せな気持ちになる。

「美味しそう」

思わず溢れた本音に、女性がふふっと笑った。

「可愛らしい方ね。ごゆっくりどうぞ。華菜、なるべく早く中戻ってね」

女性は軽く会釈を、すると厨房へと戻っていく。
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