忘れさせ屋のドロップス
割り箸を割って、手を合わせると遥の塩サバ定食があっと言う間に減っていく。

「遥、さっきの本当?」

「何が?」

「私に感謝……って」

「ほんと。だってそーだろ?俺みたいなヤツ。少なくとも、俺は華菜と一緒に居たら、……忘れられることだってあるし」

ボソリと呟くと、瞬きする間に、遥のお膳
は空っぽになった。ご馳走様と、遥が箸を置いた。

「また夜景連れてってやるから。あ、これおばさんに」

遥がスウェットのポケットからドロップス缶を取り出すと、掌にころんとドロップスを2つ乗せた。

「さっき、おばさん、腰さすってた。女の人には重労働だもんな。痛いの少しでも忘れられたらいいけど」

華菜がドロップスを一つ摘んで掌に乗せた。
もう1つは可愛らしいピンクの口元にコロンと入れる。

「あ、オマエ、それ俺の!」

「明日の約束『忘れて』あげる」

そう言うと華菜は、コロンとドロップスを転がしながら、遥の頬にキスを落として、厨房に戻って言った。

遥の頬には、桜の花びらみたいな模様がくっきり付いた。

ったく……人差し指で頬を擦りながら遥が、再度ドロップス缶からドロップスを放り込んだ。 

「美味いだろ?」

結構なボリュームだったのに、パクパクたべてしまった。もうすぐ全部食べ終わってしまう私のお膳を見ながら、スマホ片手に嬉しそうに遥が笑った。心臓がとくんと鳴る。

本当、遥は心臓に悪い。一緒に居てみて思ったのは、心が表情と連動してて、コロコロと変わる。

こんな人、女の子はみんな好きになってしまうんじゃないだろうか。怒ったり、笑ったり、素直に表現できる。少なくとも、私にはないものを遥は持ってる。


「お、ちゃんと完食したな」

「え?」

「オマエな、全然飯食ってなかっただろ?
脚とか枯れ枝かと思ったわ」

昨日は割とスリムな丈の長いワンピースを着てた。今日は細身のジーンズだったから、遥はそのことを言ってるんだろう。もしかして始めから一緒に食事する為に……だから配達に、何の役にも立たない私を連れてきたんだろうか。

それにしても、枯れ枝って……。

「ちゃんと飯は食えよな。……しんどくても」

それだけ、言うと遥は車のキーを渡して、先に車に乗ってるように手で合図した。

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